幼児語、若者言葉、老人語はあるのになんで中年語はないの?

日本語TIPS

 
 この間USJに行った女子高生が煉獄さんを見て「バリよもや」と言ったとかなんとか、そういう記事をどこかで見ました。この年代の、特に女子学生は仲間内でしか通じないような難解な日本語を生み出すのが得意みたいですよね。ステレオタイプだと思いますけど。
 こういった言葉は以前ギャル語などと呼ばれていたんですが「ギャル語」という言葉自体はもうほとんど死語になりました。グループという観点から言えばこれは集団語で、集団内での仲間意識を高めるために使われています。

 

世代によって言葉遣いが違う

 私今29で私自身まだ若者だと思っていますけど… 表立って若者を代表した発言をすることがだんだんしにくくなってきました。身の回りでは「ワンチャン」「エグい」「詰んだ」「陰キャ」「陽キャ」みたいな言葉はよく聞きますが、日本語の先生という立場なのでくだけた言葉遣いよりも改まった言葉遣いを使うほうが多くなっています。

 人がどんな言葉遣いを選ぶのかについては「権威」で説明できます。
 一般的に若い世代の人は社会的に権威がない汚い表現(潜在的権威)を求める傾向があります。それらの言葉を使わない人にとっては「あの言葉遣いどうにかならん?」みたいな感じ方をされる場合もありますが、その集団の中では連帯感を強める働きとして機能します。思春期の男の子が「うんち」とかよく口にするのもこれと関係があります。

 大学生が友達同士で集まっているところに先生が来たら、先生には話し方を変えて丁寧な言い方になったりします。話し方は聞き手や状況などによって選んで使っています。

 

特徴的なものには「幼児語」などの名前がつけられる

 世代で言葉を切り取ると、幼児語、若者言葉、老人語があります。

 「おさるさん」が「おしゃるしゃん」になったり、車を「ぶーぶー」と呼んだりするのは赤ちゃんにとって言いやすく、理解しやすくするためです。赤ちゃんはまだ大人みたいに正確な調音ができるわけでも理解できるわけでもないので、慣れないうちは自身の能力でできる範囲で何とか言葉を話します。これは成長した人にはない幼児特有の言葉遣いなので幼児語と名付けられています。

 若者は上述したように潜在的権威を求める傾向にあるので、流行語や汚い言葉遣いなどを好んで使います。これが若者言葉。

 老人語と聞くと「わし」や「~じゃ」みたいな言葉が思い浮かぶと思いますが、これは老人語というよりも役割語です。聞けば老人という感じがしますけど実際使っている人はそれほどいません。「『~じゃ』を使っているのはおじいさんだ」というステレオタイプが形成されているのですぐ人物像をイメージできますが、そのイメージは典型的なおじいさんを反映したものではありません。
 カップルを「アベック」と言うようなものが本当の老人語です。老人が使う言葉を老人語と呼ぶのはちょっと正確ではなく… その言葉を使っていた世代が老人になり、結果的にその言葉が老人語になったと考えるほうが自然。人は年を取るのでそれに伴って言葉も古くなっていったわけです。その世代しか使わないというのは表立った特徴ですから「老人語」と名付けるに値します。

 こうしてみると若者と老人の間にはずいぶん年齢の開きがあり、20代後半から60代前半までを指す壮年期と中年期が抜けています。特徴のあるものに名前がつけられやすいということは、壮年期や中年期は特徴がないんでしょうか。

 

中年語というものは存在しない

 それまで社会的に権威がない言葉を使っていた大学生でさえ、ひとたび社会に出てしまえば途端に言葉遣いが改まります。会社、職場という集団の中にそれまでの友人はいませんし、周囲の人はみんな社会的に権威がある改まった言葉を使うので、どちらかというと本人も顕在的権威を求め出します。退職して社会から離脱し、元の友達と交流が復活しない限りは基本的に丁寧な言葉遣いのままです。改まった言葉は安定していて信用に繋がり、社会人にとっては役に立つというのも理由の一つなんだろうと思います。ここに中年語に関するヒントがあります。

 一般的に私たちは学校を卒業したら定年を迎えるまで仕事をし続けます。その間改まった標準的な言葉を中心に使うことになり、幼児や若者に比べて特徴を持った言葉遣いがされません。標準的な言葉遣いを好む世代と言い換えられそうですが、標準的な言葉は標準であって特殊でもなんでもありません。社会に馴染むためには同じような言葉を使うことが何かと求められ、多くの人がそうなっていきます。私たちの人生設計や働き方によって壮年期や中年期の言葉に特徴がなくなり、壮年語、中年語という分類がされなかったんだろうと思われます。

 退職して家族や友人との時間、趣味の時間などが増えるとそれまで使っていた改まった言葉を使う必要もなくなり、言葉遣いに変化が生まれます。言葉は変化するものと言いますが、もとをたどれば言葉の使い手は人ですから、人が言葉に変化をもたらしているというほうが正しいですね。

 





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