【第17課】性善説と性悪説、どっちに賛成?

2018年11月1日スピーチと弁論

 第17課のテーマは「性善説と性悪説、どっちに賛成?
 性善説と性悪説とはそれぞれ中国の孟子と荀子が提唱したものです。
 学生との会話で何気なくこの話題になったらとても盛り上がったので、ディベートでも採用してみました。

 それぞれの定義は以下。

性善説
人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しており、悪の行為はその本性を汚損・隠蔽することから起こるとする説。正統的儒学の人間観。孟子の首唱。
 -性善説(せいぜんせつ)とは – コトバンクから抜粋
性悪説
人間の本性を利己的欲望とみて、善の行為は後天的習得によってのみ可能とする説。孟子の性善説に対立して荀子が首唱。
 -性善説(せいぜんせつ)とは – コトバンクから抜粋

 

性善説派の意見

 ・人は周囲の環境によって後天的に悪を身に付ける。
 ・人々は自分の誤りをすぐに改められるので、悪とは言えない。
 ・欲望が満たされていないことが悪の根源。
 ・しかしながら、欲望は全て悪いことだと言えるだろうか。
 ・例えば好きな相手と結婚したいという欲望も悪だと言えるか。
 ・周囲の環境によって悪にならないために教育を行っている。
 ・教育の目的はそれだけではなく、知識を与え、国のための人材を育てることにもある。
 ・「今世界は善で溢れている。人はもともと悪で、善は後天的に身に付けられたと言うなら、では最初の善とは何ですか。それを教えるのは誰ですか?
 ・私たちも食物連鎖の中で食べ物を食べ、お互いに生きている。それは自然界の法則であって悪とは言えない。
 ・お金が無くて食べ物を盗み子供にあげるのは善だと思う。
 ・人のためにすることは悪とは言わない。
 ・善根があるからこそ善行がある。
 ・性悪説を利用して罪を逃れることができるなら、性悪説を唱えるべきではない。
 ・人は全て悪というなら、人々はどのようにして法律を作ったのか。
 ・性悪説を唱える人は、寄付やボランティアというものをどのように見るのか。

 

性悪説派の意見

 ・悪は生まれながらにして持っているもので、人は善を向いて生きている。
 ・本能に善悪はない。
 ・善悪の概念は欲に節度があるかどうかにある。
 ・人間性が良ければ、教育というものは存在しない。
 ・すべての生物の生存は、他の生物によって成り立っている。(他の生き物を食べて生きる)
 ・肉のために動物を殺すのは悪
 ・子は自分のために母の母乳を飲む。これは欲望であって悪である。
 ・人は太古から殺し合ってきている。
 ・そういった悪いことを法律によって制限してきた。つまり元々悪と言える。
 ・1本の水を2人で争えば必ず殺し合いになるだろう。
 ・教育は人の悪を抑える役割があるため、今現在の社会では善が溢れている。
 ・全ての人は利己的で、皆妥協し合っているだけなので善に見える。
 ・善悪は自然に存在するもの。
 ・法律は悪の人間性を正すために制定された。
 ・周口店の猿人は同類の頭骨を火で焼いて食べていた。
 ・善は悪と悪の比較から生まれたもので、もともと悪だからこそ生まれた概念である。
 ・寄付やボランティアは、結局自分が満足するために行われるものであり、それは悪である。

 
 
 深く切り込んだ内容はあまり見られませんでした。
 こういった答えのない哲学的な問題に対しては、中国の学生はかなり弱いです…。
 でもこれから学期末にかけてもっと難題を吹っ掛けるつもりですから、徐々に慣れて行ってほしいですね。

スピーチと弁論

Posted by そうじ