令和5年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題12解説

問1 待遇表現の使い方

 部下「課長の山田からご連絡申し上げます」

 問題文のこのような例があります。同じ社内の人間を社外の人に紹介するときは、たとえ目上の人であっても敬称をつけないというルールがあります。このルールを身につけるのは日本語学習者でも難しいですが、最近では若年層を中心にこのルールがあることを知らなかったり、知っていてもそのように対応できなかったりするとかしないとか… なんだかそういうCMありましたね、JTの。これです。

 このルールは普通ウチとソトという考え方を使って説明されます。ウチは簡単に言うと自分側の人たち、ソトは自分側ではない人たちを指します。社外の人はソト、社内の人はウチです。するとこうなります。

 全国共通語では  ソト  の人に対して、  目上  ウチ  の人を立てず…
 (ソトの人に対してウチの人を紹介する場合、目上でも敬称は付けない。)

 だから答えは4です。

問2 敬語たち

 この問題では①「おいでになる」、②「参る」、③「お話しになる」、④「です」が何なのかってことが問われていますので、まずこれを解説します。こうした敬語に関する問題で分からないことがあったら、ぜひ「敬語の指針」をご覧ください。こちらに全ての答えが書いてあります。

 ①「おいでになる」
 「おいでになる」は「行く」「来る」「いる」の尊敬語にあたります。

 ②「参る」
 「参る」は「行く」「来る」の謙譲語Ⅱです。

 ③「お話しになる」
 「お話しになる」は「話す」の尊敬語です。「お~になる」は尊敬語の形。

 ④「です」 
 「です」は丁寧語。

 これを踏まえて選択肢を見ていきます。

 選択肢1
 「おいでになる」は尊敬語なのでその行為者を立てます。「田中さんはおいでになる」と言ってますから、立てているのは聞き手の「田中」です。でも「謙譲語Ⅰ」って書いてますのでこれが違います。

 選択肢2
 「参る」は謙譲語Ⅱだから、聞き手の「鈴木」を立てるんではなく、ただ「鈴木」に対して丁重に述べているだけです。この記述は正しい。

 選択肢3
 「お話しになる」は尊敬語だから「美化語である」ってところが間違い。確かに「山本」を立ててますけど。

 選択肢4
 「です」は丁寧語ですけど、丁寧語は話や文章の相手に対して丁寧に述べるためのものです。「山本」に対して丁寧に述べているんじゃなく、聞き手である「田中」に丁寧に述べています。名前が違う。

 答えは2です。

問3 尊敬語の規範的な使用例

 「規範的な使用」とは、ことばの変化を認めず、以前の使われ方を正しいものと考えて使うこと。各選択肢を規範的に見てどうかっていう問題です。

 選択肢1
 規範的に見て、この文は特に間違っていません。じゃあこれが答えか? と思った方、残念です。下線部「でございます」は尊敬語ではなく丁寧語です。この問題は尊敬語の規範的な使用例はどれかと聞いてますから、丁寧語の「でございます」を選んだら間違い。

 選択肢2
 もともと「乗車する」という動詞だったんですが、これにまず謙譲語Ⅰの形式「ご~する」をつけて「ご乗車する」にし、さらにこの「する」を尊敬語の「~(ら)れる」に変えて「ご乗車される」となっています。「乗車する」に謙譲語Ⅰと尊敬語を加えたのが「ご乗車される」ということで、謙譲してるのか尊敬してるのか訳わかんなくなってます。でもこの文は「ご乗車されるお客様」って言ってますから、尊敬語のつもりで使ってるんですね。規範的に見るとこの表現は間違っています。

 選択肢3
 「忙しい」という相手の状態を尊敬して「お」をつけたのが「お忙しい」です。これは尊敬語であり、規範的に見ても正しい。
 これが答えです。

 選択肢4
 「揃う」という動詞に尊敬語の形式「お~になる」をつけたのが「お揃いになる」です。この文は「注文の品はお揃いになる」と言ってるので、つまり主語「注文の品」を立ててしまってます。その点が規範的に見て誤り。これについては「敬語の指針」の50ページに書かれているので読んでみてください。
 まあ「注文の品」はお客さんの所有物であると考えると、立てるべき人物であるお客さんの所有物を立てているわけだから絶対的に間違ってるか?というとそうでもない気もするんだけど… 私の意見はともかく、敬語の指針によればこの選択肢は間違いです。

 答えは3です。

問4 敬語の変化

 選択肢1
 京都と大阪で使われる「ハル敬語」と呼ばれるものがあります。例えば「~してはる」みたいなやつ。これは敬語なので目上の人に使われるんですけど、目上だけでなく、身内にも目下にも、赤ちゃんにも動物にも使われることがあります。この選択肢はハル敬語のことを言ってまして、これが正しいです。

 選択肢2
 「なくなった」ってのが言い過ぎ説。

 選択肢3
 現代日本語の共通語でマイナス敬語は見られなくなったって言ってますが、「あそこでのんきにあくびしてやがる」みたいな負の感情を表すマイナスの待遇表現はあります。この記述は間違い。

 選択肢4
 昔の日本語(いつか知らないけど)は上下関係が絶対的な基準となって敬語が使い分けされていたらしいので、昔は絶対敬語でした。今では上下関係だけじゃなく親疎関係も敬語の使い分けに関わってくるので相対敬語になっています。だから「上代の日本語は相対敬語」って記述が怪しい。天皇や貴族の自敬表現ってのは良く分かってない…

 答えは1です。

問5 スピーチスタイルシフト

 1つの場面で1人の話者が丁寧体から普通体に、普通体から丁寧体に切り替えることスピーチスタイルシフトと言います。例えば…

 A:1万円貸してくれない?    (普通体)
 B:明日返してくれるならいいよ。
 A:助かります。明日返すよ。   (丁寧体)

 Aさんは最初普通体だったのに、感謝する場面で「助かります」と丁寧体に切り替わりました。そのあと「明日返すよ」とまた普通体に戻ってます。会話では普通体と丁寧体が固定的に選択されているわけではなく、状況に応じてどちらかが現れます。この場面だとお金を借りるという特殊な状況なんで、仮に友達だとしても丁寧にお礼をする必要があったから、みたいな状況がスピーチスタイルシフトを引き起こしたと考えられます。

 選択肢1
 丁寧体を用いている場面で、自分自身の品位を示したければ引き続き丁寧体を用いるはずだからスピーチスタイルシフトは起きません。
 この選択肢は間違い。

 選択肢2
 敬語や丁寧な言葉遣いは相手を距離を取るために用いられます。逆にくだけた表現は相手との距離を縮めます。
 丁寧体を用いている場面で心的距離を取ろうと思ったら引き続き丁寧体を使うはずだからスピーチスタイルシフトは起きません。
 この選択肢は間違い。

 選択肢3
 「そういえば、あの話はどうなりました?」みたいなイメージかなと思って。新しい話題を導入するときでも丁寧体は維持されそうです。スピーチスタイルシフトは起きないのでこの選択肢は間違い。

 選択肢4

 田中さんは24日まで戻らないみたいです。
 あっ、いや、違ったかな? たぶん合ってると思いますが、確認してみます。

 こんなイメージ。丁寧体を使っていても自問するようなときは普通体に切り替わります。自問は聞き手に話しているのではなく自分自身に話していることになるので丁寧体にする義務はありません

 したがって答えは4です。




2023年10月26日令和5年度, 日本語教育能力検定試験