「待つ」は自動詞でもある? 使役文で被使役者を「を」で表す謎

質問者さん
(中国)

 使役態は、自動詞なら使役者に「が」、被使役者に「を」がついて、他動詞なら使役者に「が」、被使役者に「に」がつくっていう一般的なルールがありますが、次のような例外の例文があって、その理由を聞きたいです。

 あの店はいつもお客様  を  待たせます。

 「待つ」は他動詞なのに、なぜ「に」を使わず、「を」を使うんですか?

 こんな質問もらいました。いろいろ考えてみたんですけど納得する答えが得られなくて… でも面白かったのでみなさんに問題を共有しようと思います。使役の教案作る時は「待つ」に注意してください。

問題のありか

 まずは問題のありかからちゃんと説明します。
 使役文の文型はいくつかあって、そのうちまずは↑の問題に関係する文型について整理します。

 使役文は述語が自動詞か他動詞かによって格関係が変わります。自動詞使役文の代表的な文型は〔-が-を〕型。使役者を「が」、被使役者を「を」で表します。これに対応する能動文の文型は〔-が〕型をとります。

〔-が-を〕型 使役文 〔-が〕型 能動文
(1) 佐藤さん 私 帰らせた。  帰った。
(2)  雨 降らせた。  降った。
(3) 先生 生徒 正座させた。 生徒 正座した。

 これとは異なり、他動詞使役文は〔-が-に-を〕型をとり、使役者を「が」、被使役者を「に」で表します。これに対応する能動文の文型は〔-が-を〕型。

〔-が-に-を〕型 使役文 〔-が-を〕型 能動文
(4)  私 お酒 やめさせた。  お酒 やめた。
(5)  私 娘 褒めさせた。  娘 褒めた。
(6)  息子 部屋 掃除させた。 息子 部屋 掃除した。

 そこで最初の質問にあった問題を改めて見てみましょう。分かりやすくするために「は」は「が」に直して、副詞「いつも」も取り除きました。

 〔使役文〕 あの店が お客様 待たせます。 〔-が-を〕型
 〔能動文〕      お客様 待ちます。  〔-が〕型
      → 「待つ」は他動詞なのに、自動詞の〔-が-を〕文型をとっている!?

 「待つ」は待つ対象を「を」で表すので他動詞です。他動詞ということは〔-が-に-を〕型を取るはずで、使役者は「が」、被使役者は「に」になるはず。でもこの文は使役者の「あの店」には「が」が、被使役者の「お客様」には「に」ではなく「を」がついています。なんでだろう。これが問題です。

そもそも使役文とは…

 そもそも使役文とは、対応する能動文にはいない人物を主語にし、能動文の表す事態の成立に影響を与える主体(使役者)として表現した文です。次の文を見てください。(7)~(9)では能動文にいない「」が使役文に現れています。使役文を作る時は能動文の主語に能動文の述語が表す事態を使役する人物が必要で、その人物は使役文において使役者になります。「AがBを待つ」でも考えてみると、例文(10)「お客様がコーヒーを待つ」も同じで使役文では「C」にあたる「あの店」が現れ、使役者の役割を果たします。

使役文
Cが Aに Bを 使役形)
対応する能動文
(Aが Bを 辞書形)
(7) 母が 私に ピーマンを 食べさせた。 私が ピーマンを 食べた。
(8) 母が 私に 100点を 取らせた。 私が 100点を 取った。
(9) 母が 私に アルバイトを させた。 私が アルバイトを した。
(10) あの店が お客様に コーヒーを 待たせる。 お客様が コーヒーを 待つ。

 でも! 「AがBを待つ」において、Aに待たせる人物はC以外にもいます。それがBです。
 「お客様がコーヒーを待つ」は「コーヒーがお客様を待たせる」と言うこともできます。このとき「AがBを待つ」が「BがAを待たせる」に言い換えられていて、能動文の述語「待つ」の対象だったBが使役文で使役者になっています。Cは現れてません。このことから、「待つ」は通常の動詞とは違い、使役文にするときに使役者になれる存在が複数(2人)いることになります。

AがBを辞書形 BがAを使役形
(11) 私が ピーマンを 食べた。 * ピーマンが 私を 食べさせた。
(12) 私が 100点を 取った。 * 100点が 私を 取らせた。
(13) 私が アルバイトを した。 * アルバイトが 私を させた。
(14) お客様が コーヒーを 待つ。 コーヒーが お客様を 待たせる。

 このような言い換えは「待つ」にはできますが、(11)~(13)のような例ではできません。(11)~(13)を使役文にする場合は能動文には現れない存在を主語にする方法しか取れないようです。しかし「待つ」は能動文には現れない存在を使役者として主語にする方法もとれますし、能動文の対象も使役者として主語にできます。要するに「待つ」は「AがBを待つ」において「BがAを待たせる」という使役の意味も内包していて、この意味からBも使役者になることができ、加えて能動文に現れないCも使役者になることができるということです。

「待つ」の使役文は2通りあるようだ

 というわけで… 「AがBを待つ」を使役形にする場合、使役者をCにする方法と、Bにする方法の2通りあることが分かりました。
 これをまとめるとこうなります。

動詞 能動文 使役文
普通の他動詞 私が ピーマンを 食べる。
〔-が-を〕
母が 私に ピーマンを 食べさせる。
〔-が-に-を〕
「待つ」 お客様が コーヒーを 待つ。
〔-が-を〕
お店が お客様に コーヒーを 待たせる。
〔-が-に-を〕
コーヒーが お客様を 待たせる。
〔-が-を〕

 「待つ」は他動詞なので原則に従えば使役文は〔-が-に-を〕型をとるはずなんですが、「待つ」の対象を使役者とした場合、使役文は〔-が-を〕になってしまいます。この二つの違いは被使役者を「に」で表すか、「を」で表すかです。最初に自動詞使役文は基本的に被使役者を「を」で、他動詞使役文は基本的に被使役者を「に」で表すと言いましたが、この点が混乱のもと?

「待つ」ってもしかして自動詞でもある??

 こうやって色々考えた結果、他動詞「待つ」はその対象も被使役者になることができるので使役文の作り方が他の他動詞と違って2種類ある特殊な動詞ってことが分かりました。使役の教案に「待つ」を入れるとうっかり墓穴を掘ってしまう可能性があることは知れてよかったです。でもこの考察では最初の問題は解決できなさそうです。

Ⓐ【もともとの文】 あの店が お客様 待たせます。
Ⓑ【Ⓐの能動文】 お客様が 待ちます。
Ⓒ【Ⓑにヲ格補語を加えた文】 お客様が コーヒーを 待ちます。
Ⓓ【Ⓒの使役文】 ①お店が お客様に コーヒーを 待たせます。
②コーヒーが お客様を 待たせます。
Ⓔ【Ⓓの能動文】 ①お客様が コーヒーを 待ちます。 (他動詞)
②お客様が 待ちます。 (自動詞では?)

 問題はⒶ「あの店が お客様 待たせます」がなぜ「を」なのか。これは〔-が-を〕型の使役文で、対応する能動文はⒷ「お客様が 待ちます」の〔-が〕型です。これは典型的な自動詞使役文と同じなんですよね… 試しに「お客様が 待ちます」に待つ対象を加えると、Ⓒ「お客様が コーヒーを 待ちます」などと他動詞使役文に対応する能動文の〔-が-を〕型になるんですが、これを改めて使役形にすると上述の通りⒹ①「お店が お客様に コーヒーを 待たせます」とⒹ②「コーヒーが お客様を 待たせます」の2種類の文が生まれます。でもこれらは当初のⒶ「あの店が お客様 待たせます」とは全く別の文です。この文には「コーヒー」が含まれていませんから。ⒶとⒹが一緒ではないということは構造が違うということなので、たぶんⒶの「待つ」は自動詞で、Ⓒの「待つ」は他動詞なのでは? と思っています。自他同形。それに、Ⓓ②「コーヒーがお客様を待たせます」の能動文はⒺ②「お客様が待ちます」でって、ここには対象のヲがありません。この「待つ」はやっぱり自動詞の振る舞いをしてる…

とりあえずの答えは「待つ」は自他同形

 あまり納得する答えではないんだけど、とりあえず「待つ」は自他同形ということにしておけばこの問題は答えられそうです。

管理人

 「待つ」は他動詞としても自動詞としても使えます。

 「あの店が お客様 待たせます」と「を」を使い、「に」を使わない理由は、この「待つ」は自動詞であって、自動詞の使役文は使役者を「が」、被使役者を「を」で表すからです。

 また、「待つ」が他動詞の場合、使役文は〔-が-に-を〕型を取るので「あの店が お客様に コーヒーを 待たせます」のように文中に対象のヲ格が現れます。「あの店が お客様   待たせます」にはヲ格補語がないから、その点からしてもこの文は他動詞使役文ではなく、自動詞の使役文です。

 この質問に対してはこう答えて、とりあえず良いのかな…
 ご意見をお待ちしています。




2023年3月13日日本語TIPS, 日本語のいろんなお話