2023.1.21 書いてる内容はとりあえず疑う

 書いてる内容はとりあえず疑う
 「特別な訓練」という言い方を何回か聞きました。研究者、あるいは院生というのは、本読んでも論文読んでもそれを常に批判的に捉えないといけないってことが今よく分かりました。大学院に入る前も本読んだり、論文読んだりしてたんですけど、そのときはその内容を100%正しいんだって思って疑ってませんでした。定説の部分はそう考えてもいいけど、定説じゃない部分はそれだとダメなんだなあと思い知らされています。だって論文を書くためにはこれまで言われてない新しい考え方とか、発見がないとダメだから、全て正しいと思って読んでると論文は書けないってことなんですね。

 でもそうして批判的に読むのはかなりキツイです。何を書いてるか、何を言いたいか正確に知って、じゃあこれはどうだ? って自分の頭を使って考えないといけないから疲れます。それが癖になってるのが先生方であって、何か話をすると必ずと言っていいくらい反例を挙げてきます。これは「特別な訓練」をしてきた結果身についた癖みたいなものだと思う。将来研究者になるつもりはなくても、大学院にいる以上私は今その訓練をしないといけないですね。そうして日本語教育能力検定試験のことを考えてみると、やっぱり試験で出題されるような内容は定説が中心です。多くの人が疑わないくらいになった学説を出題しないと誰もが納得するような答えを示すこともできないからなあ。

 こうやって大学院でのことを書いてますけど、書けば書くほど私は何やってんだろうなーと少しばかり思います。日本語教育をしたいのに、日本語教育に還元されるようなことを今してるんだろうかって。ここ最近レポートばっかり書いてますけど、このレポートは私の仕事には直接関係ないことばっかりだし。と言うと精神砕かれた感じに聞こえるかもしれないけどちゃんと楽しめています。ここに来なければ会えなかった人々もいますし、得られなかった知識、考え方もたくさんあります。社会人学生ということもあって幸い卒業後に仕事の心配もありませんから、就活も意識せずにやりたいことに時間を割けてます。




大学院での生活