令和4年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題12解説
問1 フィラー
「えー」「あー」「えっと」などの言いよどみをフィラーと呼んでます。
1 オーバーラップの記述
2 あいづちの記述
3 フィラー
4 挨拶
フィラーはこれから何を言うか、どう言うかを考える時間になったり、これからまだ話すことがありますよってことを聞き手に伝えたりする機能があります。
したがって答えは3です。
問2 ポライトネス・ストラテジー
ポライトネス理論ですね。
人は相手に好かれたい欲求(ポジティブ・フェイス)と相手から離れたい欲求(ネガティブ・フェイス)の2つの欲求(フェイス)を持っていると仮定し、私たちが話し方を変えるのは話し手は聞き手のフェイスに配慮したり配慮しなかったりするからだとする理論です。
選択肢1
話し手が聞き手の”話し手と距離を取りたい”というネガティブ・フェイスに配慮してこのような距離を取る言い方をしています。相手のネガティブ・フェイスに配慮した言語行動はネガティブ・ポライトネス・ストラテジーでありこれが正しい選択肢。
選択肢2
自分がコーヒーを好きなことを聞き手も知ってるよね?っていう前提で話しています。聞き手は”話し手と近づきたい”というポジティブ・フェイスに配慮してこのような言い方をしています。相手のポジティブ・フェイスに配慮した言語行動はポジティブ・ポライトネス・ストラテジーなのでこの選択肢は間違い。
選択肢3
相手が間違っていると思っているかもしれないけど自分が間違っていることに言及して問いかけています。聞き手は”話し手と距離を取りたい”というネガティブ・フェイスに配慮してこのような距離を取る言い方をしています。相手のネガティブ・フェイスに配慮した言語行動はネガティブ・ポライトネス・ストラテジーであり、この選択肢は間違い。
選択肢4
敬語は典型的なネガティブ・ポライトネス・ストラテジー。距離を取る言い方です。だからこの選択肢は間違い。
したがって答えは1です。
問3 尊大語
普通尊敬語は相手に、謙譲語は自分に使うものだけど、相手に謙譲語を使ったり自分に尊敬語を使ったりすることがあります。例えば「名を申せ」のような例は相手に謙譲語を使って相手を低め、相対的に自分を高めています。現代では「俺様」のような言い方が自分に尊敬語を使っている例で、これも自分を高める機能があります。これらは自分が尊大な存在に表せるため尊大語と呼ばれています。
1 「~やがる」は侮蔑語の例
2 「~くさる」は侮蔑語の例
3 「がき」は侮蔑語の例
4 「様」が尊大語の例
したがって答えは4です。
問4 コミュニケーション・ストラテジー
コミュニケーション・ストラテジーとは、学習者がコミュニケーション中に言語上の問題に遭遇したとき、その問題を切り抜けようとして用いる対処法のことです。次のようなストラテジーがあります。
言い換え | コミュニケーション中に言えない表現が現れたとき、近似する表現を用いたり、自ら造り出した語で表したり、言いたいことの特徴や要素を一つひとつ描写して表したりすることで、コミュニケーションを継続させようとするストラテジー。 |
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借用(意識的転移) | 言えない表現に遭遇したときに、語を他の言語に直訳して表したり、あるいは言語そのものを切り替えて文全体を翻訳して表すストラテジー。 |
援助の要請 | 言えない表現についてコミュニケーション相手に直接質問し、どのように言えばいいのかを教えてもらうストラテジー。 |
身振りの使用 | 言えない表現に遭遇したとき、その解決を言語に頼るのではなく、身振り手振りなどの非言語手段を用いてコミュニケーションを継続させるようとするストラテジー。 |
回避 | 使い慣れない言語形式や自信のない言語形式を使わないようにし、より簡単な自信のある表現を選ぶストラテジー。あるいは、途中で言うこと自体を中断するストラテジー。 |
1 援助の要請 (他者が関与)
2 これが答え
3 言い換え
4 援助の要請 (他者が関与)
選択肢2はコミュニケーション中の問題を切り抜けようとするストラテジーとしては不適当。もし相手の発話を理解できなければ自分の中にその問題をとどめておかずに相手に聞いたり、言い換えて「こういう意味ですか?」とか言って切り抜けたほうがいいです。単語に分割して一つひとつ意味を考えてなんてことをやってるとその考えてる時間は無言になりコミュニケーションが停滞してしまいます。停滞しないための方略がコミュニケーション・ストラテジーです。
したがって答えは2です。
問5 語用論的知識
まず語用論的知識とは何か。
日本語母語話者は相手から何か恩恵を受けたらその場でお礼を言うだけでなく、別れ際にもお礼を、次会ったときも「あの時はありがとうございました!」とお礼を言います。みなさん自然にやってるから気づいてないと思いますけど、これは他の言語にも必ず見られるわけではありません。では学習者はどうかというと、学習者の母語にも感謝の仕方があるわけです。1度感謝すればそれで十分だという文化も当然あります。そのルールを日本語を話しているときに使うことで、日本語学習者には「なんかこの人感謝の数が足りないなあ」って思われるかもしれません。
こうしたルールはかなり見えにくいし、日本語教師も授業でわざわざ教えたりすることもなければ、教科書に書いてることもまずないです。ほとんどないけど日本で円滑なコミュニケーションを行うには必要ですね。このように「この場面ではこう言う」といった語用に関する知識を語用論的知識と言います。
もう一つ、肯定証拠と否定証拠についても知っておきましょう。第二言語学習者に与えられるインプットはこの2つに分類されます。
肯定証拠 | 第二言語学習者に与えられる「どのような表現が文法的に正しいか」という情報。 |
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否定証拠 | 第二言語学習者に与えられる「どのような表現が非文法的か」という情報。 |
例えば学習者が「きれくない」と言いました。これに対して先生が「違います」と言った場合、この学習者は「きれくない」が非文法的だと言うことが分かります。つまり「違います」は否定証拠です。同じ場面で先生が「違います。きれいじゃない、ですよ」と言った場合は「きれくない」が非文法的であることは「違います」で分かり、「きれいじゃない」が文法的に正しい言い方だということは「きれいじゃない、ですよ」から分かります。このフィードバックは学習者に対して否定証拠も肯定証拠も与えているわけです。
そしてもう一つ、教室環境と自然習得環境についても知らないといけませんね。
教室環境はいわゆる教室で日本語を学ぶような場合、自然習得環境は教室以外の社会的な場面で日本語を学ぶような場合を指します。教室環境は文法をちゃんとやるから正確さは高まりますがコミュニケーションは苦手になる傾向があり、自然習得環境はコミュニケーションがすごく上手になるのが早いですけど文法的な正確さは教室環境に比べて劣る傾向があります。
これがこの問題を解くための知識。この年これまで見てきた問題の中で一番難しい問題です。
選択肢1
教室で先生が、「日本語では何回も感謝を伝えるよー」って教えると、当該語用論的知識の肯定証拠を示すことになります。これは学習者にとっては有益で、習得の促進に繋がります。この選択肢は逆。
選択肢2
(先生と学生の間でこんなことはあまり考えられないけど…)以前学生が先生にお世話になったのに学生が「先生この間はありがとうございました」って言わなかったとします。これに対して先生は「お礼を言わないのはダメです!」という否定証拠を提示しないと、学生は「お礼を言わなかったことはダメだったんだ」ということに気付くことができません。だから習得の妨げに繋がります。この選択肢は逆。
選択肢3
自然習得環境ですね。
以前恩恵を与えたのにこの外国人はお礼の数が少ない、って母語話者が思ったとしても、それをわざわざ「こういうときは何度もお礼するのが普通です」なんて口にしないと思います。こうした語用論的誤りに対しては肯定証拠を提示しない傾向は確かにあります。提示しないと学習者は成長しないので… 習得の妨げに繋がります。この選択肢は逆。
選択肢4
選択肢3とほぼ同じで、以前恩恵を与えたのにこの外国人はお礼の数が少ない、って母語話者が思ったとしても、それをわざわざ「お礼を言わないのはダメですよ」なんて口にしないと思います。こうした語用論的誤りに対しては否定証拠を提示しない傾向は確かにあります。提示しないと学習者は成長しない。習得の妨げに繋がります。この選択肢が答えでした。
したがって答えは4です!
この問題はとんでもない量の知識が必要で、しかも答えが4ということもあって選択肢1、2、3と読み進めていく間に時間が消費してしまいます。みなさんはどうでしたか?