語用論的転移とは? 日本語と中国語の依頼表現から見てみよう!

 日本語の学習はうまくできていません。中国式の日本語を表すことが多いです。日本の方みたいな日本語を習得するために、都合がよいとき、先生の意見を聞かせてもらえませんか。ご返事をお待ちしております。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます

 こんなふうに中国語を母語とする日本語学習者は何かお願いする場面で「ありがとうございます」と言うことがあります。日本語母語話者が聞くと不自然に感じるけど中国語母語話者にとってこれは適切な依頼のしかた。なんで依頼の場面で「ありがとうございます」と言うんだろうと考えたことがありますか? ポイントは語用論的転移です。

 

語用論的転移とは?

 テニスができる人はバドミントンもうまかったり、将棋が強いとチェスも強かったり、2つのものが似てると良い影響、あまりに似てないと逆に悪い影響が出ることがあります。これはスポーツだけでなく母語と第二言語の間にも同じことが言えて、例えば漢字を知ってる中国語母語話者は日本語の漢字を習得しやすいとか、日本語母語話者は日本語にない発音が多い言語を勉強するときに困難を示すとか、いろんな関係が見られます。このように、それまでの知識や技術が他の新しい知識や技術を習得するときに影響を与えることを転移(transfer)と言います。

 良い影響を与える正の転移は問題にならないけど、悪い影響を与える負の転移は大きな問題。例えば、日本語母語話者は断るときに詫びを多めに入れる傾向があって、別の言語で話すときにも謝罪が多くなっちゃって不思議がられるなんてこともあるよう。こういう母語の語用論的知識や社会言語学的知識に関する転移は語用論的転移(pragmatic transfer)といい、特に負の語用論的転移を語用論的誤り(pragmatic failure)と呼びます。



日本語と中国語の依頼の意識態度の違い

 はじめて中国の学生からお願いをされたとき最後に「ありがとうございます」と言われて違和感ありました。私はそのお願いを引き受けるかどうか決めてないのに、引き受けることを一方的に決めつけられたみたい。拒否するつもりは毛頭ないとしてもやっぱり変な感じ。それも時間が経つとそういうものなんだなーって特に気にしなくなりましたけど、こんなことがもし中国人留学生と大学の先生との間で起こって先生が「失礼だ!」と憤慨したら大変です。日本語だとどうやって依頼するのか、中国語だとどうか、そのやり方を知っていればこんな摩擦は避けられます。

 

中国語母語話者は依頼するときになぜ「ありがとうございます」と言う?

 中国社会では、依頼されることは自分の面子が評価されたと考え、依頼された側はその依頼を自分の面子にかけて実現しようとします。あまり「関係」が築かれていない人にはそもそも重要な依頼をしないし、そもそも依頼を叶えてくれる前提で依頼します。だから何かを依頼するときは、相手が依頼内容を円滑に実現できるよう依頼内容をはっきりと伝え、そうすることが常識であり丁寧であると考えています。また、「面子」が社会で非常に重要な役割を担っていて、依頼する場面だけでなく、あらゆる場面で相手の面子を汚さないように褒めたり感謝するのが重要になってきます。

 日本語の学習はうまくできていません。中国式の日本語を表すことが多いです。日本の方みたいな日本語を習得するために、都合がよいとき、先生の意見を聞かせてもらえませんか。ご返事をお待ちしております。ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます

 この依頼談話を見てみると依頼内容ははっきり書かれていますね。そして相手の面子を汚さないように感謝の言葉である「ありがとうございます」で締められています。この「ありがとうございます」はただの感謝ではなく、依頼相手の面子を保つ重要な一言です。

 

日本語母語話者は依頼するときになぜ「申し訳ありません」と言う?

 日本語母語話者にとって依頼することは相手に迷惑をかけること。だから依頼しなくて済むならそもそも依頼せず、迷惑をかけること自体を避けようとします。どうしても依頼をしなければいけないなら相手に迷惑をかけることを詫びる必要があるので「申し訳ありません」などの謝罪の言葉が出てきます。依頼はできるだけ丁重に、遠慮して、婉曲的に言うのが丁寧という意識があって、だから依頼内容がはっきりしなかったり、曖昧だったりします。そして最後は相手に配慮して恐縮する気持ちを表すために「よろしくお願いします」といいます。

 ご連絡遅くなり申し訳ありません。卒論についてですが、先生のご都合がよろしければ、来週お時間いただけたらと思います。私は月曜日から木曜日まで、日中であればいつでも時間があります。お忙しい中、申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします

 依頼内容ははっきり書かれていなくて、「来週お時間いただけたら」と曖昧…。迷惑をかけている意識から「申し訳ありません」が述べられ、最後は「よろしくお願いいたします」で終わっています。日本語母語話者はこうした意識があるため、依頼する場面ではどうしても「ありがとうございます」という言葉は出てきません。

 

まとめ

 こうした意識の違いから日本語と中国語の依頼表現で語用論的誤りが起きています。中国語母語話者が日本語で依頼をするときは迷惑を、日本語母語話者が中国語で依頼するときは相手の面子を重視することでより自然な表現が可能になるし、相手を怒らせたり、失礼になる可能性も避けられます!

 語用論的転移って内容めちゃくちゃ面白いんだけど、でもすっごく難しく感じてます。中国語では「薬を食べる」っていうから日本語を使うときも「薬を食べる」って言っちゃう。英語の/r/は日本語になくて発音できないから日本語のラ行で代用する。語彙や発音の領域で起こる負の転移は聞くとすぐ誤用だってわかるけど、語用論的誤りは語彙や発音に比べてはっきり見えてきません。だってそれが語用論的誤りと気づくためには、その人の母語における特定の場面でのふさわしい言語行動を知ってないといけないから。日本語教師はいろんな言語、文化の学習者を相手にしてるから全部知るってのは無理ですね。だから日本語教師は何年やっても分からないことばっかりなんだと思います。




2022年9月23日日本語TIPS, 日本語のいろんなお話