【質問】自分の行為「ご馳走になる」にはなぜ尊敬表現「ご~になる」が使われているの?

質問

質問者さん
(中国)

「ご馳走になる」は自分の行為なのに尊敬表現「ご~になる」が使われています。なぜですか?

管理人

「ご馳走になる」は尊敬表現「お/ご~になる」とは関係ないです!
[人]に~になる」という文型があって、これはその人から恩恵を受けることを表します。「世話になる」とか「馳走になる」とかがその例。「お」「ご」はそれを美化して言ってます。

詳細

 [人]に~なる

 この文型はおよそ「[人]に~してもらう」と同じ意味で、用例としては「世話になる」「馳走になる」くらいしか見つけられませんでした。他にももっとあると思いますけど…。 このままだと丁寧さが欠けるので普通は「お」「ご」をつけて「お世話になる」「ご馳走になる」の形で使うことが多いように感じます。

 ついでに尊敬表現の「お/ご~になる」の例も見てみましょう。

 (1) 出席する → ご出席になる
 (2) 作る → お作りになる
 (3) 聞く → お聞きになる

 形は同じなので確かに紛らわしいかも。

 参考:【N3文法】お/ご~になる/になります




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