奈良時代には「お母さん」を「パパ」と呼んでいた!?

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 「おっしゃられる」って二重敬語、みなさん使いますか?
 二重敬語だから間違いっていう人もいます。でも二重敬語が間違いだとしたら、使用実態としてわりと定着している二重敬語「お召し上がりになる」とか「お見えになる」とかも間違いって言わないといけなくなっちゃいます。話し手が敬意を増幅させたくて二重敬語にしたんだったら間違いだと決めちゃうのもかわいそう…。ダメだって言っても世代交代とともに言葉も変わっていくので、次の世代の子どもたちが大人になるころにはもっと許容される二重敬語が増えているかもしれません。

 こういう言葉の変化はすごく長い時間をかけて起きてます。今回は言語の変化、特に言語の音声の変化について紹介します。

 

奈良時代には「お母さん」を「パパ」と呼んでいた!?

 まずこれ、上代日本語の発音で読んでる動画を見てみてください。

 8世紀あたりに使われていた日本語を上代日本語と呼んでいます。現代の発音、アクセントと全然違うから現代語訳がないと全然分かりません。語そのものも違うっていうのもありますけど、発音のほうだって全然違います。なんというかパピプペポが多い感じしませんか? パピプペポがよく聞こえてくるから、私なんかはポップな明るい印象に聞こえちゃいます。きゃりーぱみゅぱみゅ的な音的可愛らしさ。

 結論から言うと…
 現代のハヒフヘホ([ha, çi, ɸɯ, he, ho])は室町時代にファフィフフェフォ([ɸa, ɸi, ɸɯ, ɸe, ɸo])で、上代日本語ではパピプペポ([pa, pi, pɯ, pe, po])だったらしいと言われています。動画内で出てくる語も、今ではハ行で読むものがパ行で読まれています。

現代語 上代日本語
/humi/ /pumi/
古き /huruki/ /puruki/
久しみ /hisasimi/ /pisasimi/

 

現代のハ行音は、室町時代にはファ行音だった

 平安時代にしろ室町時代にしろ、なんで当時の発音が分かるんでしょう。録音する術がない時代、江戸時代でさえ分からないというのに。
 それを調べる方法の一つに、昔々の文献を研究することが挙げられます。何を伝えるためにどんな言葉を選んで使ったのか、昔の人が使った言葉が文字として現れているのが文献です。でも文献は文字であって発音までは分からないはず、なんですけど! 実は昔々の発音が推測できるものがあったんです。それが『後奈良院御撰何曾ごならいんぎょせんなぞ』。日本語のハ行音の変化を説明する文献としてよく引用される、室町時代に成立したと言われるなぞなぞ集です。

 この文献には、こんななぞなぞが書かれています。

《後奈良院御撰何曾》“母には二たびあひたれども 父には一もあはず”
 -母には二度会うけど、父には一度も会わないものなーんだ?

 このなぞなぞの答えは「」です。

 前件の「母」についてはいったん置いておいて、まずは後件の「父」から。
 「父」は当時も現代も /titi/ と発音します。発音するとき上唇と下唇はお互いに接触しません。ここでいう「一度も会わない」は両唇が一度も接触しないこと表しています。それを踏まえて前件の「母」を見てみますと、「母は二度会う」と言ってますから「母」を発音するときに唇が二度接触すると考えられます。でも現代の「母」は /haha/ と読み、唇が一度も接触しません。このことから、どうもこの時代では「母」が唇を二度接触させて発音していたのだろうと推測できるわけです。

 したがって『後奈良院御撰何曾ごならいんぎょせんなぞ』が書かれた室町時代では、現代のハ行音にあたるものが両唇を合わせる両唇摩擦音 [ɸaɸa] や両唇軟口蓋接近音 [ɸawa] で発音されていたのではないかというのが定説になっています。「母」は「ふぁふぁ」みたいなこと。

 

現代のハ行音は、奈良時代にはパ行音だった

 室町時代にはファ行音だったということは分かりました。ではさらにさかのぼって、奈良時代にはパ行音だったというのはどうやって分かったんでしょうか。

 奈良時代まで遡るとなぞなぞみたいなものもさすがになくて、当時の発音を文献から探るというのは困難らしいです。そこで別の方法で研究されました。
 むかしむかし新しく生まれた言葉は、まずは生まれた場所の隣町へと広まり、またその隣町へと広まり… という風に伝播していきます。水面に水滴を一滴落とした時の波紋のように、言葉もその誕生したところから同心円状に伝播していくとする考えがあります。柳田國男はこれを「周圏分布」と名付けています。周圏分布の考え方に基づけば、奈良時代の中心である奈良で生まれた言葉は奈良を中心として同心円状に広まったという推測ができます。

 そこで各地の方言を調べました。すると!
 東京で「走る」を表す音 [haɕiɾu] が、秋田では [ɸasuɾu]、沖縄では [paru] だったことが観察されました。この3地域を奈良に近い順から並べると東京、秋田、沖縄となり、ここに音の変化が見てとれます。

地域 東京 秋田 沖縄
奈良からの距離 近め 中間 遠め
「走る」の発音 [haɕiɾu]
はしる
[ɸasuɾu]
ふぁする
[paru]
ぱる
語頭のハ行音 [h] [ɸ] [p]
時代との対応 現代 室町時代 室町以前?

 秋田のあたりにちょうど室町時代の[ɸ]が現れます。秋田よりも遠いところ沖縄では[p]でした。だからハ行は室町時代には[ɸ]で、室町時代よりも前には[p]だったのではないかと考えられ、奈良時代ごろの「母」は /papa/ (パパ)だった可能性があるということなんですね。

 

唇音退化という音変化

 時代による語頭ハ行音の変化はこうなります。

両唇破裂音[p] → 両唇摩擦音[Ф] → 声門摩擦音[h]

 [p]は肺からの呼気を両唇で閉鎖し、その閉鎖を呼気によって一瞬で開放させて調音します。このとき唇にはストレスがかかっています。[Ф]は両唇で狭めを作って、その狭めに呼気を通すことで摩擦音を出します。[p]に比べて唇の力みは緩んでいます。これが[h]になるともはや唇を使わず、調音点は声門です。調音部位を緊張させたり力を入れたりしないほうが発音としては楽なので、時代変化に伴って発音も楽なほうへと移り変わっていきました。この音変化を唇音退化と呼びます。上述した語頭ハ行音の変化は唇音退化によるものです。

 和語にファ行音は普通含まれませんだ、現代ではファイル、フィルター、フォークリフトみたいに外来語としてファ行音が入ってきています。語頭ハ行音の歴史的変遷を見ると、現代の外来語の含まれているファ行音は発音しやすくするためにもしかしたらハ行音に変わっていく可能性があるかも! かもしれません。そしたらそれぞれハイル、ヒルター、ホークリフトってなっちゃって結構ださ…

 
 もっと詳しくという方は、「唇音退化」「ハ行転呼」のようなキーワードで調べてみてください。これらの音変化を音声学視点から説明しているのはこちらの本、あわせてどうぞ。





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