乳首はなぜ「首」がつくのか

2021年9月21日日本語TIPS

 乳首はなぜ「首」という漢字がついているんでしょう。
 手首や足首なんかもそうですが、「首」の使い方をたどると色んなものが見えてきます。

 

「首」の原義は頭部と胴体を繋ぐ部位を指すけど…

 「首を絞める」は首にロープをまきつけて絞めつける、「首飾り」「首輪」は首に飾るアクセサリー、冷たいタオルをまいて首を冷やすというときの「首」もまさに原義通りの使い方です。でも「首」が首ではない部分を指して使われることがあります。

 「敵将の首を取る」と言いますけど実際取ったのは敵将の頭部。胴体が繋がっていない頭部だけの状態を「生首」と呼びますが、この「首」も頭部を指します。「首無し地蔵」は頭部がない地蔵、「晒し首」は頭部だけを晒すなどなど… 首といいつつ首を指さない、原義ではない用法も少なくありません。

 

「首」が頭部を指すのは空間隣接のメトニミーに基づく意味拡張

 元々は「首」は頭部と胴体を繋ぐ部分を指していたのになぜ頭部を指すこともできるようになったのか。
 それはメトニミー(換喩)に基づく意味拡張によるものです。

(1)お風呂を沸かして
(2)9.11を忘れないで
(3)を刈る
(4)を鳴らす

 実際お風呂自体を沸かしてと言ってるんではなくお風呂のお湯を沸かしてという意味。このとき湯船と湯船のお湯は空間的に隣接しています。9.11は9月11日そのものではなく9月11日に起きた例のテロ事件を指すように、これも隣接関係が認められます。直接指し示さなくても、隣接しているものを指し示せば間接的に指していることになり相手に伝わるというやつ。指し示すものをずらすメトニミー(換喩)という比喩の一種です。

 換喩は何も日本語だけに起こることではありません。「頭」で頭にある髪の毛を指す「頭を刈る」「頭を切る」という言い方は中国語でもあり、「剪头发」は髪の毛を切る、「剪头」は頭を切るです。

 「首」と言いつつ頭部を指すときがあるのはこのメトニミーに基づく意味拡張が原因。
 それから首に隣接しているのは頭部だけではありません。下方向に隣接している「襟(えり)」も指すことがあります。こっちは頭部よりも用例が少ない感じがする…

(5)ニットの回り

 

「首」のさらなる意義展開

 「首」は頭部を指す以外にもいろいろな使い方がされています。
 どのような順番で意義展開されたかは定かではないですが、メトニミー以外のを思いつくだけ挙げてみます。

 

①「首」の形状と似ているものに「首」がつく

 首ってどんな形をしているかと聞かれたらどう答えますか。首そのものだけに着目するとただの丸太や切り株の断面みたいに丸くて太いと言えますけど、首の形状は首以外の部分があってはじめて明確になりそうです。頭部と胴体を接続する首は頭部や胴体に比べてくびれています。首は実は隣接しているものに比べて細いですよね。この形状と似た部分が身体にいくつかあります。

(6)手首 :手と腕を接続する部位は手と腕に比べてくびれている
(7)足首 :足と下腿部を接続する部位が足と下腿部に比べてくびれている

 首の形状が異なる領域に”写像された”と表現するんですが、つまり見た目が似ているという類似性を利用して「首」が別の領域にも使われているということ。これはメタファー(隠喩)に基づく意味拡張です。
 他にも男性器のくびれをカリ首と呼んだりするのも同じものです。

 ここで「くびれ」という語が出てきましたが、「首」と「くびれ」の音が似ているのはもしかしたら偶然じゃないのかもしれませんね…

 

②先端、先頭を表すものに「首」がつく

 「首」は頭部を指すことがあるのはわかりました。この展開過程はメトニミー。
 頭部は首より上のほうにあります。頭部より先はありませんからつまり頭部は先端として考えられそう。この展開過程は形状の類似性に基づくメタファーです。
 先端と聞いて真っ先に浮かぶのはやはり…

(8)乳首 :乳房の先端部分

 乳首は乳房よりは細いですが、両側を何か太いものに挟まれていないので「くびれている」とは表現しにくいです。くびれという見た目の類似性から「乳首」と呼ばれるようになったとはちょっと考えにくそう。たぶん「乳首」の「首」は先端だからという意味の「首」だと思われます

 乳首の「首」が意味する「先端」は物理的な形状ですが、ここからさらに展開して物理的な形状を持たない抽象的な形状を指すようにもなっているみたい。例えば次のような例。

(9)首相 :国のトップ
(10)首長 :自治体のトップ
(11)首脳 :組織のトップ
(12)首謀者 :悪事を企てた人
(13)党首 :党のトップ

 先端は物の先。乳房の先端、針の先端、棒の先端など物理的な形状を指しますが、先端は集団のトップとも似ているので首相や首長、首脳、首謀者、党首、首位、首席のような集団のトップを指すときにも「首」が使われています。こちらは先端というよりは先頭。「集団の先頭」という抽象的な概念を「先端」という具体的な概念で説明する、ここにもメタファーが働いていました。期首(ある期間の初め)、首題なんかもこのあたりのもの。

 そのほか、乳房を横から見た時、頂上の乳首にあたる部分をヒエラルキー構造の最上位層と見立ててて「首相」や「首長」と呼んだのかなと思いましたが、これはちょっと疑問かな。上述した内容のほうが個人的にしっくりきました。

  

③重要なものに「首」がつく

 首相、首長、首脳、首謀者、党首などの「首」の使い方は先端→先頭という意味だと言いましたが、もしかしたらそうではないのかも…

(14)首相 :国にとって重要な役職
(15)首長 :自治体にとって重要な役職
(16)首脳 :組織にとって重要な役職
(17)首謀者 :組織にとって重要な人
(18)党首 :党にとって重要な役職

 首は人間の生命活動に必要な部位で、文字通り首を切ると呼吸も飲食も、頭部へ血液を供給することもできなくなるため人は死んでしまいます。そのくらい首は命と関わりが深い重要な部位です。この重要さが異なる領域に写像され、首相、首長、首脳、首謀者、党首などの言葉が生まれたのかもしれません。首相はその国を指揮する役職で、首都はその国の最も重要な都市であるように「重要」という共通点が発見できます。

(19)首を切る :解雇する

 また、生命活動に必須な「首」を切ることは死を意味しますが、それが社会活動にも写像され、「首を切る」「首が飛ぶ」が「解雇」に結びつきました。解雇されれば収入は無くなり、すぐ再就職できるかも暗雲。身内からの信用も失墜。社会的に死んだも同然だからです。これが省略されて「クビ」となり「クビになる」という言い方に変わったのだと思われます。

 
 

 今回は「首」について色々まとめてみました!
 これはこうじゃないかと、別の考え方などありましたらぜひコメントください。

 





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