「噛みつく」は自動詞? 他動詞?

2021年5月19日日本語TIPS, 日本語の色んなお話, 日本語教育能力検定試験 解説

 自動詞と他動詞の境目はわりと曖昧で本によって変わります。

 「現代日本語文法2」(日本語記述文法研究会)には、典型的な他動詞は対象にヲ格を取るが、ニ格を取るものもあると書かれており、その例として「噛みつく」「逆らう」などが挙げられています。
 しかし、以下のようなニ格を取る他動詞を許さない判別方法もよく使われます。以下の判別方法では「噛みつく」は自動詞扱いになります。

 ①「~を+動詞」の形を取るのは他動詞
 ②ただし、「~を+移動動詞の形を取るのは自動詞」
 ③それ以外は全て自動詞

 判別方法によって「噛みつく」は自動詞なのか他動詞なのか変わってしまうのはまずい…
 一体どういうことなのか考察したいと思います。

 

「噛みつく」について、辞書にはどう書かれている?

三省堂 国語辞典 第四版 新選国語辞典 第九版 福武国語辞典 初版
新明解 国語辞典 第三版 新明解 国語辞典 第六版

 「噛みつく」を自動詞というもの、他動詞というものもそれぞれありました。辞書さえもその判別に困っているのが見られます。他動詞と書いている新明解はおそらく、他動詞はヲ格を取るものもあるし、ニ格を取るものもあるという解釈なのだろうと思われます。それ以外はニ格を取る他動詞を認めていなさそうです。

 

「噛みつく」はなぜニ格を取る?

 「噛みつく」は次のように「-ガ-ニ」の文型を取ります。

 (1) 犬が腕に嚙みついた。
 (2) (私が)上司に噛みつく。

 ニ格を取る他動詞もあるとするのは、「噛みつく」のニ格名詞句が働きかけられる対象、つまり噛みつく対象だから他動詞だと言う考えに基づきます。確かに「噛みつく対象が腕」と言えるのでこう説明されると何だかしっくり来てしまうんですが… でもちょっと待ってください。

 そもそも「噛みつく」は「噛む」と「つく」からなる複合動詞。「噛む」は対象にヲ格を取りますが、「つく」は到着点にニ格を取ります。「噛みつく」のニ格は対象ではなく、噛みつく到着点、噛みつく目標と考えたほうが自然でしょう。

 (3) 犬が腕噛む。 (対象のヲ)
 (4) 虫が服つく。 (到着点のニ)

 「貼る-貼りつく」「抱く-抱きつく」「飛ぶ-飛びつく」「巻く-巻きつく」「絡む-絡みつく」「追う-追いつく」なども同じです。これら動詞が取るニ格は対象ではなく到着点であると考えれば、次のような動詞も自動詞になります。

 (5) 彼会う。
 (6) その意見賛成です。
 (7) その意見反対です。
 (8) 彼女話しかける。
 (9) 親甘える。

 

その他紛らわしい動詞についての扱い

 「触る」はちょっと面白い動詞です。「~を」も使えるし「~に」も使える、自他どっちの使い方もあります。

 (10) 頭に触る。 (自動詞:「頭」は到着点)
 (11) 頭を触る。 (他動詞:「頭」は対象)

 「頼る」「頼む」「お願いする」等は「~に頼る」「~に頼む」「~にお願いする」と言えるので自動詞に見えますが… ヲ格が省略されている可能性に着目すると他動詞と判断するのが正しいと思います。このときニ格は頼む目標、頼む到着点であり、ヲ格は対象です。

 (12) 親に頼る。 → 親に(生活費を)頼る。
 (13) 親に頼む。 → 親に(仕送りを)頼む。
 (14) 親にお願いする。 → 親に(仕送りを)お願いする。

 他動詞「過ごす」については面倒…。
 対応する自動詞「過ぎる」があるので、「過ごす」は他動詞。異論はないと思います。
 しかし「楽しい時間を過ごす」のように使うときは時間的な概念上の移動を表す移動動詞扱いなので自動詞となります。
 辞書では他動詞、使う場面では自動詞になるというおかしなことになっています。

 参考:「過ぎる」についての一考察 : 「期限が過ぎる」と「期限を過ぎる」を中心に

 

日本語教育能力検定試験ではどうなってる?

 日本語教育能力検定試験のようなテストでは出題するために定義を決めておかないといけません。昨年はこの定義で出題し、今年は別の定義で出題するなんてことは、何かしらの前置きなしでは許されません。これまで出題された問題から協会側はどのような立場を取っているのか見てみます。

 令和元年度 試験Ⅲ 問題1 問1にはこのような問題がありました。

「他動詞文」の典型的な特徴は?
 1 動作主が対象の変化を引き起こす。
 2 動作主と対象が相互に働きかけ合う。
 3 補語にヲ格ではなくニ格名詞をとる。
 4 主語の状態や補語との関係を表す。

 答えは1ですが… 着目したいのは選択肢3です。
 他動詞文は補語にヲ格を取りますからこの選択肢は間違いなんですけど、ニ格名詞を取るかどうかについては判断できません。ニ格を取る他動詞もあるという立場にも、他動詞は常にヲ格しか取らないという立場にも配慮した出題の仕方をしています。こうやってうまく地雷を踏まないで出題しているところ、出題者はさすがです…
 (そもそも選択肢3が何か別の文の説明である可能性もありますけど)

 

まとめ

 研究者によって意見は分かれているわけですが、私はニ格を取る他動詞は存在しないという立場を取っています。そして当サイトの内容も全てその立場でまとめています。
 実際意見が分かれている部分については出題しにくいと思われるので、この辺りはただ試験の合格を目指すだけなら気にしなくてもいい部分だと思います。

 
 追記
 広辞苑第5版には他動詞、第6版には自動詞と書かれている件について岩波書店に問い合わせたところ、「他動詞はヲ格を取る動詞とし、ニ格を取る動詞は自動詞で統一した」そうです。

 





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