本当に受身文? 「私に聞かれても…」の「に」の意味

 私に聞かても困ります。
 私に聞かても分かりません。
 私に聞かても…

 この表現、受身に着目すると少し変な感じがします。

 例えば「私は先生に褒められた」では、「褒める」という動作を行うのはニ格名詞の「先生」です。でも「私に聞かれても…」では、「聞く」という動作を行うのはニ格名詞の「私」ではありません。一見すると同じ文型「~に~られる」なのに、「に」の意味が違います。

 この「私に」ってどういう意味なんだろう?
 「私に聞かれても…」にはなんで受身が使われているの?

 

「私に聞かれても…」は間違いなく受身文です!

 「先生が 彼を 褒めた」を受身文にすると「彼が 先生に 褒められた」となります。このときニ格名詞の「先生」は動作主です。動作主にニ格にすえるのが受身文の基本的なルールと覚えておいてください。

 じゃあ「校長が 生徒に 賞状を 送った」を受身文にしてみるとどうなるんだろう?
 「送る」の動作主は「校長」なので、受身文には「校長に」が入るはず!
 すると「賞状が 校長に 生徒に 送られた」となってしまいます。

 この文は日本語母語話者にとっては違和感たっぷり。なぜなら「に」が重複しているからです。
 実際は「賞状が 校長から 生徒に 送られた」や「賞状が 校長によって 生徒に 送られた」と言います。

直接受身文 対応する能動文
✕ 賞状が 校長に 生徒に 送られた。
〇 賞状が 校長から 生徒に 送られた。
〇 賞状が 校長によって 生徒に 送られた。
校長が 生徒に 賞状を 送った。

 送る、届ける、授ける、教えるなどの対象に「に」を取る動詞たちは、受身文にするとニ格が重複してしまいます。そういうときの動作主には「に」の代わりに「から」や「によって」が使われます。
 だから残っているニ格名詞「生徒」は「送る」の対象を表しているんです!

 

「私に聞かれても…」の「に」は対象を表す

 受身文の中の「に」は動作主を表しているかもしれないし、対象を表しているかもしれない。どっちなのかは述語の動詞が対象をニ格で取れるかどうかで決まります。

 「私に 聞かれても 困る」の原型は「その質問が あなたから 私に 聞かれても 困る」です。
 そしてこの「私に」は「聞く」対象なんです。

直接受身文 対応する能動文
✕その質問が あなたに 私に 聞かれた。
〇その質問が あなたから 私に 聞かれた。
〇その質問が あなたによって 私に 聞かれた。
あなたが 私に その質問を 聞いた。

 実際「私に聞かれても…」と言う場面では、誰が言ったか、何を言ったかは会話の参加者全員が知っていることなので、「その質問が」や「あなたから」はわざわざ言う必要はなく普通省略します。その結果「私に 聞かれても…」だけが残っています。

 動作主の「に」だと勘違いすると受身の意味が逆になっちゃうので気をつけなければいけません。

 





2020年12月25日日本語TIPS, 日本語の色んなお話