令和2年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅰ 問題10解説

問1 スキーマ

 <例文>の「彼女」と「彼」に置き換えると読み時間は短くなると書いてますが、これはなぜでしょう。
 まず1文目の「ボクシング」という文字を見て、頭の中でボクシングに関する知識が活性化(スキーマが活性化)します。テレビではボクシングの試合というと普通男性の試合が放送されているように、普通ボクシングといえば男性同士が殴り合っている様子を思い浮かべるはず。しかし2文目で「彼女」という語が出てきて戸惑いが生じます。なぜならそれまでの想定と異なるからです。想定と異なるとそれまでの理解を再確認する必要が出てくるので、1文目を読み直したりするので、結果読みの時間が長くなります

 その後、2文目の「彼女は」1文目の「そのボクシング選手」を指しているのだろうと推論します。(橋渡し推論) この推論の結果、代名詞、指示詞の照応によって1文目と2文目が意味的につながり、結束性が高まります。

 したがって答えは3です。

 ここでいう結束性とは、テキスト内にある言語形式間の関係のことです。例えば、この<例文>では代名詞「彼女」が「そのボクシング選手」を照応するので、1文目と2文目の結束性が高まりました。他にも、接続詞、接続助詞や省略されている主語、同意語や対義語などによってテキストの結束性が高まることがあります。

 

問2 精緻化推論

 文章中に明示されていない情報を予想することを推論といいます。推論は2つに分けられます。

橋渡し推論 直接表現されていないことを、文脈や既有知識によって理解すること。例えば、「向こうで一輪車を練習してた子供が大きい声で泣いていた。私は近づいて、『大丈夫?』と声をかけた。」では、「子供は一輪車から落ちて怪我をした」という推測がこれ。橋渡し推論は読解中に常に行われており、正しく推論できなければ理解に大きな支障が生じる。
精緻化推論 文章から読み取った事柄をもとに具体的なイメージを膨らませること。主人公の顔、髪型、表情、性格、様子を想像したりするのがこれにあたるが、実際想像したイメージは人によって異なる。橋渡し推論とは異なり、精緻化推論はできなくても理解には影響しない。

 選択肢1

 花瓶を落したので弁償することになった。

 この文を読んだ人に、なぜ弁償することになったの?と聞けば、100人中99人は「花瓶が割れたから」と答えるはず。でも花瓶が割れたことは明示されていません。この「花瓶が割れた」は実は頭の中で一瞬で推測した内容で、橋渡し推論です。
 元々の原因「落ちた」と結果「弁償した」の因果関係として「花瓶が割れた」があるので、前後の文を結び付けているのは橋渡し推論です。この選択肢は精緻化推論の説明ではありません。

 選択肢2

 彼は金髪でチャラチャラしていて、すぐ女性に手を出す。酒癖も悪くて、ギャンブル好きだ。

 「チャラチャラ」という言葉だけ分からない人がこの文を読んだとき、「チャラチャラ」は「すぐ女性に手を出す」「酒癖が悪い」「ギャンブルが好き」という他の要素と同じような悪い意味だろうと推測します。これは具体的なイメージを伴うものではありませんので精緻化推論ではありません。文全体の意味の整合性が取れるように推論しているので橋渡し推論です。
 つまり未知語の推測に関わるのは橋渡し推論。

 選択肢3

喉が渇いたから自動販売機を探した。

 自販機を探した理由は何か飲み物を飲みたかったから。なぜ飲み物を飲みたかったのかというと、喉が渇いたから。文面にない「飲み物を飲みたい」を橋渡し推論によって補完しています。
 橋渡し推論は大意の理解に役立ちます。

 選択肢4

喉が渇いたから自動販売機を探した。

 自販機を見つけた後はたぶん飲み物を買って、美味しそうに飲んでいるはず。そうやって展開を予測するのは精緻化推論です。

 したがって答えは4



問3 照応

 照応とは、言語的文脈の中に存在するものを指すことです。

 選択肢1
 <例文>の「悔しがった」から、自分の過去の悔しがる状況を思い出すってやば…。かなり感情移入できる人ですね。
 そのボクシング選手の悔しがる様子を想像しているわけではないので、テキストとは関係のない想像。精緻化推論ですらありません。

 選択肢2
 これが照応です。「彼女」は先行文脈の「そのボクシング選手」を指しています。

 選択肢3
 <例文>を読んでこれはオリンピックの話? だとすれば代表選考は4年に一度? と考えることができるのは、「前提」を有しているからです。これもある種の推論です。オリンピックを知らない人がこの文を読んでも「代表選考は数年に一度だ」とは絶対思わないでしょう。

 選択肢4
 「厳しい練習」を想像するのは精緻化推論です。

 したがって答えは2です。

 

問4 メトニミー

 比喩は以下の4つ覚えておくとこの試験ではとりあえずOK。(シミリーは別に要らない)

シミリー
直喩
「~みたいな」「~のような」「~の如く」等を使って直接別のものに喩える比喩の一種。 わたあめみたいな雲が浮かんでいる
メタファー
隠喩
物事のある側面から連想した類似性に基づく具体的なイメージを用いて、抽象的な物事を表す比喩の一種。 頭が真っ白になる
メトニミー
換喩
様々な概念の隣接性に基づいて物事を表す比喩の一種。換喩には入れ物で中身を示すものや、結果で原因を表すものなどの様々なパターンがある。 パトカーに捕まった
シネクドキー
提喩
上位概念を下位概念で、また下位概念を上位概念で言い換える比喩の一種。 花見に行く

 1 入れ物で中身を表すメトニミー(換喩)
 2 上位語「花」で下位語「桜」を指すシネクドキー(提喩)
 3 説明難しいけど、これはメタファー(隠喩)
 4 顔の外側とパンの外側、この類似性によるメタファー(隠喩)

 したがって答えは1です。

 比喩については「日本語の修辞法(レトリック)について」に詳しくまとめてます!

 

問5 理解補償方略

 理解補償方略、内容理解方略、理解深化方略は23年度依頼初めて出題された語です。読解方略を3つの因子と7つの下位カテゴリーに分けた犬塚(2008)のモデルにこの3つがあります。私も詳しく分かりませんので、私の宿題ということで調べておきます!

 ちなみにこちらのページがとりあえず参考になりそう。
 ・https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/310101/files/2018042600292/file_2017516218342_1.pdf?20180517
 ・https://www.jstage.jst.go.jp/article/arepj/52/0/52_162/_pdf

 特に1つ目のURLには、選択肢1と3の文言がほぼそのまま含まれてるので、犬塚のモデルから出題されていることは間違いなさそうです。

 1 内容理解方略(内容学習方略)
 2 ???
 3 理解補償方略
 4 ???

 とりあえず選択肢3は確実に理解補償方略の欄に書かれていますので答えは3です。

 




2022年9月23日令和2年度, 日本語教育能力検定試験