教壇が学生に与える効果

日本語教師のお仕事

 私の授業方法のせいだと言われるとそれまでなのですが、同じような手法でやっていながら、1年生、2年生、3年生の反応が違います。多少違うくらいなら別に気にならないのですが、特に2年生の反応は想像以上に悪い状況が続いています。
 1年生の授業では、私も授業をしていて本当に楽しいと思えるくらい盛り上がります。催促しなくてもほとんどの学生側から積極的に手を挙げて来てくれますし、まるで私を友達として見てくれているような雰囲気です。
 3年生は抜群の安定感、積み重ねてきた語学力も相まって必ず何かしらの反応があり、全体的に問題がありません。私自身も3年生の授業に対する心理的な負担は一切ありません。
 しかし2年生はそうはいかず、学生から反応があるまで何も言わないで待ってみたりしても結局ダメ…。クラスの優秀な学生でさえ口を閉ざすほど遠慮のようなもの蔓延り、恥ずかしさが勝っている状況です。言葉を選ばずに言えば、まるで舐められているような気さえします。

 一つ気になる事と言えば、2年生の教室だけ教壇が無い事。以前からずっと気になっていたのですが、これが学生に対して良くない効果を与えているのではないかと考えるようになりました。

 教壇廃止が社員を弱くする

 こちらのサイトに書かれている内容を読みました。初めの方で教壇を撤廃するのはデメリットが大きいという立場に立ち、教壇の重要性について述べています。一部抜粋して紹介させていただきます。

 いちばん大きなデメリットは、先生と児童生徒とのあいだで「健全な秩序」を築くのが難しくなってしまうのではないかという点だ。
 先生は、人間形成のステップ感から考えて、生徒とはけっして対等・平等ではないし、本来そうあるべき話でもない。先生は、文字どおり「教壇に立つ」ことで、壇の上という物理的な高みに立つことができ、児童生徒に対していろいろなことを教えやすい、心理的な優位を維持することができる。同時に、児童生徒の視線をつねに一身に集めることで、教える者としての責任感を、先生は、つねに強く自覚させられるのである。 ――― 児童生徒の側も、先生を「仰ぎ見る」、つまり視線がかなり上向きになることで自然と、先生との上下関係を意識することになるだろう。すると、授業は円滑に運営されやすい。

 1年生、3年生の教室は教壇により15cmほど高い位置で授業ができます。常に視線を集められ、後ろの学生が何をしているかまでちゃんと見渡せます。しかし教壇のない2年生の教室では何かと苦労が付き纏い、黒板の上部には手が届かないだけではなく、パソコン等の機材の影になり顔しか見えなくなったりする位置がかなり存在。教師を仰ぎ見ることができず、実はこれが原因で2年生の授業中の積極性を削いでいるのでは…? と疑っています。

 授業の雰囲気があまり良くないことを改善するため、来週から気分転換がてら教壇のある教室に変えてみようかなと考えています。もしそれで何かしら良い効果があるとしたら継続しようと思いますし、そうでなければ違う対策を考えることにします…。





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