「重い」と「重たい」の違い

 「重い」も「重たい」も物理的に重量のあるもの、あるいは目に見えない心理的に負担となるものを表します。「頭が重い」「パソコンが重い(動作が遅い)」などは慣用的に用いられる表現なので、”重たい”が用いられることはまずありません。

 (1) この猫は(重い/重たい)。
 (2) (重い/重たい)雰囲気が漂っている。
 (3) (重く/重たく)感じる。

 

「重い」は客観的、「重たい」は主観的

 「重たい」は話者の感情を含んでいるため、客観的事実を述べるときには使いにくい性質があります。事実を単に陳述する場合は通常「重い」が用いられます。

 (4) この猫は重い。8kgもあるらしい。
 (5) この猫は重たい。8kgもある。
 (6)△この猫は重たい。8kgもあるらしい。

 例文(4)は客観的事実を述べているだけで、話者が実際に猫を抱き上げたかどうかは問わず、8kgもあるという事実から「重い」と判断しているだけです。
 一方、例文(5)は話者自身が猫を抱き上げ、その重さを自ら実感した結果「重い」と判断しています。つまり「重たい」は実際に経験、実感したことに使いやすく、それが話者の感情を表すことに繋がっています。したがって例文(6)のように、「重たい」と話者の実感を伴わない伝聞の「らしい」が共存した文は不自然に感じられます。

 

「重たい」は人称制限あり。一人称のときだけ使える。

 話者の実感を伴う場合に「重たい」が使えるので、重さを感じているのが他者の場合は不自然になります。

 (7) 彼女の気持ちは私にとって重い/重たい。
 (8) 彼女の気持ちは彼にとって重い。
 (9)△彼女の気持ちは彼にとって重たい。
 (10) 彼は彼女の気持ちを重たがっている。

 願望を表す「~したい」の「たい」も一人称の場合にしか使えません。二人称、三人称の場合は「~したがっている」のように「たがっている」とします。これと「重たい」も同様で、他人の実感を述べる場合は例文(10)のように「重たがっている」とすれば問題ありません。

 この面から見ると、願望の助動詞「たい」と「重たい」の「たい」は大きな共通点があると言えます。

 

「重たい」は対象に対するマイナスの感情を表す

 さらに、「重たい」は対象に対するうっとうしさ、苦痛、嫌悪感を表すこともあります。これは重たい以外にも、「眠たい」「煙たい」「うざったい」等の接尾辞「たい」がついた語にも共通している特徴です。

 (11) 本当に重い/重たい猫だ。
 (12) しっかり寝たのに眠い/眠たい。
 (13) うざい/うざったい人だ。

 「重い」よりも「重たい」のほうが重さを実感しているので程度は強調されます。重みを感じている気持ちを強調する場合は「重たい」を用いやすいです。

 

まとめ

重い 重たい
客観的事実 主観的、感情を含む
人称制限なし 一人称だけ
中立的 対象に対する嫌な気持ち

 備考
 「重い」に対する「重たい」はありますが、「軽い」に対する「軽たい」はありません。
 また、「冷たい」はありますが、「冷い」はありません。





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