【第21課】延命治療に賛成?反対?

2018年11月29日スピーチと弁論

 第21課のテーマは「延命治療に賛成か反対か」です。

延命治療
延命治療とは、疾病の根治ではなく延命を目的とした治療のことである。対症療法の1つ。生命予後不良で根治が見込めない患者に対し、人工呼吸や輸血、輸液などによって延命を図ることを目的とする。医療技術の発達により、意思疎通が不可能な状態で生命だけを維持することが可能になったが、クオリティ・オブ・ライフや尊厳死の観点からそういった治療を見直す議論が起こっている。
 -延命治療 – Wikipediaから引用

 生命維持装置によって生かされている状態が果たして幸せなのかどうか、死んでほしくないと思う遺族側の思いを重要視するのかなどこういった部分が争点になるはずです。


 

賛成派の意見

 ・生きていれば覚醒する可能性がある。希望は捨てるべきではない。
 ・植物人間にも生存する権利がある。
 ・一人の命を終わらせるのは殺人に等しい。
 ・安楽死を選ぶと、医療は進歩しない。
 ・反対派は医者の能力や科学の力を諦めている。
 ・お金がないなら諦めるしかないが、できる限りやるべきだ。
 ・社会にとって価値はないが家族にとって価値がある存在なのに、なぜ延命治療をしないのか。
 ・他人の命を奪う権利はない。
 ・意識こそないが聴覚があるらしい。
 ・死を選ぶことはわがままだと思う。
 ・死は患者の意志かどうか判断する方法がない以上、まずは延命するべきだと思う。
 ・植物人間は意識もなく発言もできないからこそ、他人が決めなければならない。
 ・安楽死とは殺人をただ言い換えただけだ。
 ・医療技術の進歩により、助かる可能性が高くなっている。
 ・本人の同意なくして安楽死を実施するべきではない。
 ・では、寝たきりになった人は全て死ぬべきだというのか。

 

反対派の意見

 ・家族に深刻な経済的負担をもたらす。
 ・社会保障費の増大が懸念される。
 ・意識と思考能力を失っている。
 ・安楽死とは病人に尊厳を与えることである。
 ・植物人間は何のために生きているのか。生きるために生きているなら生きている意味はない。
 ・覚醒する可能性は奇跡に等しい。
 ・死んだ後に角膜や内臓などを提供することもでき、社会貢献もできる。
 ・植物人間を生かしておくことはおもちゃで遊んでいるのと同じことだ。
 ・自分の道徳と他人を縛っている。
 ・自分の正常な生活ができない以上、生きていないと言える。
 ・意識ない人は死んでいると言える。
 ・安楽死は苦痛がなく、それは死者への尊重である。
 ・安楽死を選ぶことは、何かしらの諦めなければならない事情があったということだ。
 ・無駄な事をして家族を破壊する必要はない。
 ・もし意識が戻ったとしても、どうせ行動はできず意識だけだ。
 ・彼は幸せではなく、家族に苦痛を与える。自分の意志を伝えることもできない。
 ・医者がそう判断したので、もう目覚める可能性はなく、それを生かしておくのは自己満足にすぎない。
 ・寝ているだけでは他に様々な病気になる可能性も高い。
 ・仮に奇跡が起きて目覚めたとしても、体の機能が無くなっていて歩くこともできないだろう。
 ・延命治療を行わないことは、苦痛から解放してあげることだ。
 ・仮にお金が十分にあったとしても、治療後に良くなる可能性が低すぎるので治療しないほうがいい。
 ・安楽死は苦しませず死なせることで、これは社会のためではなく患者のためだけに行われることだ。
 ・自分で命を守っていない。他人に守られている。
 ・存在する理由がない。負担をいたずらに増やすだけだ。
 ・リハビリも苦しい。家族を長期間苦しめるくらいならいっそ死んで一瞬の苦しみで終わらせるべきだ。
 ・その人を延命しておくことで家族はお金を稼がなければならなくなり、家族の人生すら奪うことになる。

 
 
 延命治療をしないのは必ずしも安楽死させるということに繋がるわけではないので、そのあたりで一つ混乱がありました。
 だんだん喧嘩っぽくなってくるのは去年もそうでした。お互い一歩も引かない姿勢はディベートでは良いことだし、何より自発的に発話させることに成功している以上、仮に口論っぽくなっても止めないことにしています。

スピーチと弁論

Posted by そうじ