【第17回】非情の受け身

 「教室は学生に掃除された。

 先日、この文はなぜ正しくないのですか?と質問を受けました。
 結論から言うと正しくありません。

 なぜ正しくないのか、少し調べましたので以下にまとめます。

 【例文】
 ➀オリンピックは(開催国によって)4年に一度開催される。
 ➁金閣寺は足利義満によって建てられた。
 ➂壁が何者かによって壊された。

 これは受身文の中でも「非情の受け身」と呼ばれるもので、主語が物や事であるのが特徴です。

 それぞれの動作主を見ますと、このような特徴があります。

 ➀「開催国」はわざわざ言う必要がない。
 ➁「足利義満」は有名人。
 ➂「何者か」は不特定かつ不明。

 つまり、動作主が上記のような時に非情の受け身が成り立ちます。

 最初の質問に戻ります。
 「教室は学生に掃除された。
 この文の動作主は「学生」です。

 学生は有名人ではありません。
 そして教室を掃除する人は学生だけとは限りません。教員かもしれませんし、清掃員かもしれません。
 だから間違いだと言えます。

 これと同様「水は私に飲まれた。」「本は彼に読まれた。」も間違いです。

 このような場合は受身文を使わず、以下のように単純に表現するといいですね。
 「学生は教室を掃除した。」
 「私は水を飲んだ。」
 「彼は本を読んだ。」

 かなり詳しい文法的な解説ですから、気合入れて教えるのはちょっとおすすめできません。
 学生に教える時は「普通は “学生は教室を掃除した” でいいんだよ」って言うだけで十分でしょう。

 http://www.tomojuku.com/blog/passive/passive-8/

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