【第12回】「可及的」には「速やかに」しか続かない?

 私最近「可及的早く」という言葉について考えています。
 これは私がわざと考えた言葉ですが、あまり聞きなれない言葉ですね。

 これは「可及的」と来れば「速やかに」が来るものだという経験則によるもので、語呂も原因の一つかもしれません。
 両者は呼応しているため、「可及的早く」も「可及的急いで」も同様違和感があります。

 「可及的」と同じ意味である「できるだけ」「なるべく」に言い変えれば違和感がないところを見ると、「可及的速やかに」でもう一つの定型句になっているのでしょうね。

 しかしながら意味は全く同じですし、当然文法の間違いもありません。
 
 このような場合、日本語教師として果たして訂正すべきでしょうか。

 学生によっては「日本人が話す日本語を勉強したい」という人もいます。
 ただそういう人達ばかりではなく、間違えてもとにかく話してみるという人もいれば伝わりさえすればいいんだという人もいます。

 許容できる水準は個人によって違いますので、訂正するかどうかはそれに準じて判断すべきでしょう。

 場面に応じてどう表現すべきかの経験は本来自ら培うものですから、意味が十分伝わる以上誤用とは言い切れません。

 頻繁かつ細かい訂正は時に学習者の意欲を削ぎ兼ねないですが、訂正しなければ日本語教師の顔が立たない。
 このあたりは難しい判断ですね。

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