2019年度 日本語教育能力検定試験 試験Ⅲ 問題16解説

問1 「国語教育」と「日本語教育」

 国語教育は日本語母語話者に対する教育で、日本語教育は日本語が母語ではない学習者に対する日本語の教育のことです。
 したがって答えは3です。

 

問2 国語

 2020年1月18日の朝8時頃からNHKで放送されていた「チコちゃんに叱られる!」で、「日本語を国語というのはどうして?」ということについて説明していました。その内容をざっくりまとめますと以下のようになります。

 江戸時代は300近くの地域(藩)に分かれ、日本は独立国が集まった状態でした。場所によって言葉はバラバラで、当時は国から出ずに一生を終える人も多く、お国言葉だけで生きていた人が多かったそうです。なので江戸時代にははっきりとした共通語が存在しませんでした。
 幕末の頃になると色んな地方から人々が集まってくるようになったのですが、やはり言葉が違って通じなかったようで、中には単語単語で意思疎通を図ったり、「~候」などと書き言葉を話し言葉として用いることもあったようです。
 明治時代になると中央政府が全国を収めることになりました。明治20年代後半ごろに日本を一つの国にまとめ上げるために標準語が必要だという声が上がり、そのためにはどこの地域を標準語とするかを決めなければいけなかったそうです。そこで当時の言語学者たちが全国の方言を調べ、最終的に東京と京都が対立しました。当時は既に東京が首都だったので若い人たちは「東京で良いだろう」と、そしてかつて京都に都がおかれていた時代を生きていた人たちは「京都にしよう」と考えていたようです。それから標準語は決まることなく10年が過ぎ、京都派だった学者の多くが亡くなってしまったことから東京派の意見に傾き、明治37年に東京の教養ある人の使う言葉を標準語とすることが決まりました。
 ちなみにですが、「国語」という名前になったのは上田万年が「国語は国民の慈母なり」などと初めて使ったことから定着したそうです。

 なお「日本語を国語というのはどうして?」という問いの答えは「日本を一つにするため」でした。

 1 上記の内容から、「国語」は確かに国民統合の象徴としての役割を担ったと言えます。
 2 上記から見ても、標準語(国語)を決める過程でお国言葉を再評価するような運動は無かったはずです。
 3 国語の成立過程と古典は関係なさそうです。
 4 東京の教養ある人が使う言葉を標準語としたので、その過程で語彙や文法が簡略化されることはありません。

 したがって答えは1です。

 

問3 標準語

 1 1935年に作成された『放送用語の調査に関する一般方針』を指していると思われます。
 2 分かりません…
 3 分かりません…
 4 標準語や共通語と対立する概念は方言です。

 答えは4です。

 

問4 言文一致体の成立

 1 南部義籌は『文字ヲ改換スル議』を建白し、漢字を廃止し,ローマ字で日本語を綴るべきだと主張しています。
 2 正しいです。二葉亭四迷や山田美妙、尾崎紅葉らが小説に口語を取り入れることを試みました。それ以前は文章を書く時は全て文語文が用いられています。
 3 学制の公布には人々が自立して生活手段をたてるために小学校を義務化し、国民皆学を目指す内容が書かれています。
 4 大日本帝国憲法と同じく文語体・漢字片仮名交じり文で記されていたそうです。

 したがって答えは2です。

 

問5 日本語教育に関する事業

 1 青年海外協力隊は国際協力機構です。
 2 中国帰国者に対する支援を行っているのは、中国帰国者支援・交流センター(旧中国帰国者定着促進センター)です。
 3 国立国語研究所は海外との学術交流は行っていますが、日本語教師の派遣は行っていません。
 4 正しいです。

 したがって答えは4です。

 参考:国際交流基金 – 国際交流基金 日本語教育分野での人材募集





2019年度, 日本語教育能力検定試験 解説