日本語教師のお仕事

 遡ること1年前に「实践」という新しい授業が設けられました。学期末に1週間行われます。それが第17週である来週にやることとなっています。
 今日そのスケジュールが決定したようで、私の方に連絡が来ました。

 1年生は书法。書道ではなく、綺麗な字を書く練習みたいなものです。
 これは27日の午前中、28日の午前中、計8時間。

 2年生は配音。これはアニメとかドラマ、映画などの吹き替え、アフレコです。
 26日の午前中、27日の午後、計8時間。

 内容は決まりましたので、あとは私がその内容を決めるだけです。
 さて、困った…。

 アフレコに関しては、映画か何かを見せようと思います。
 8時間しかないのにアフレコ大会みたいなことは絶対できないので、事実上映画鑑賞みたいな形式になるでしょう。教室はクーラー効いてるところが使えるみたいなので、みんなでゆっくりくつろぎながら鑑賞して終わりたいかな。

 あとは1年生の美文字講座。
 これで8時間やるってのは相当なものです。やれないこともないでしょうが、8時間も書き続けるなんてことが可能でしょうか?集中力切れておしまいです。
 書く以外の何か工夫が必要かもしれません。これは来週までに要検討…。

 その実践が終わったら、29日晩に帰国です。
 全てのスケジュールも判明して、もう終わりが見えてきましたね。

日本語教師のお仕事

 今週末は端午の節句で3連休ってことについさっき気付きました! 学生との何気ない会話の中で教えられたおかげで、月曜日授業に間違って行くこともなくなって一安心…。 こういう話はいちいち通知とか来ないですから、気付くのは学生のほうが早いです。まあもう慣れました。今後もこれでやっていきます!

 来週は確か第16週、私の授業はテスト期間です。ですが作文と2年会話はすでに終わっているので、あとは1年生の会話テストだけ。木曜日に1回テストするだけという恐ろしく暇な日々を過ごすことになります。

 第17週の再来週は实践とかいうのがあって、今回は1、2年を対象にアフレコみたいなことをやるそうです。突然スケジュールを決められたものの、肝心の中身はまるっきり投げられてというのがこの实践。先学期は「調理実習」で地獄を見ましたが、料理でないだけ良かったです。

 それが終わったらもう仕事はないと主任に確認を取りましたので、再来週末の飛行機を予約しました。というわけで帰国日は6月29日。あともう2週間もありませんね。

 今学期も毎週毎日会話頑張ってきました。そこにはかなり成果があった、手ごたえがあったと思われる今学期でした。
 学生に意欲があるからこそ私も辛いとか思わずにやってこれたんだと思います。まだ今学期終わっていませんが、彼女たちには感謝しかありません。

 学生と一緒に過ごすこの大学4年間の中で私がしてきたことが彼らの将来にとって仮に無駄になったとしても構いません。
 もし日本語と関係ない仕事に就こうが、それを咎めるつもりは毛頭ありません。
 卒業する前に、あるいは私が日本に帰る前に、学生とできるだけの事をして思い出を作ることが真に重要なことで、それを今学期やっと気づかされました。

 卒業シーズンも相まって妙に感傷的な気持ちになっているのかもしれませんね。
 とにかく、今学期あと2週間を精一杯頑張ります!

日本語教師のお仕事

 この間の内容でコメントやらメールやら予想外の大きな反響がありました。いろんな話を頂きましてありがとうございます。
 今回はまだ書いていない他の先生からのアドバイスを全て書こうと思います。その上でまた何か意見等ありましたらコメントの方からお願いします。


 
 前回も書きましたがもう一度。

 私がこれまで3年半行ってきた夜の会話はクラス全体の底上げには役に立ってきたが、成績上位者の能力をさらに高められたかというとあまり成果がなく、その結果スピーチなどの対外的なコンテストで上位に食い込むことができなかった。今までは平等・公正でやってきたが、この方法で達成されるのは単なる底上げであって、この3年半優秀な学生を事実上蔑ろにしてきたのではないだろうか。そしてこれから優秀な学生のためだけに何かできることがあるのではないか。

 ここから発生した問題は2つです。

  ・学生の会話力をもっと高めるために、私ができることは何か。
  ・学生に対する平等についてどう思うか。

 これは3人の先生方に相談しました。それぞれ様々な意見がありましたが、話の内容は同じベクトルを向いていました。

 
 1.厳しすぎるのは良くない。
 そのうち2人は日本語科の中でも最も厳しいと言われている先生で、学生が間違えたら厳しく怒るタイプです。この習慣が蓄積すると、私との会話の中でも間違えまいとして極端に慎重に恐る恐る言葉を選んで発話するようになってしまい、円滑なコミュニケーションが取れなくなる傾向があります。結果的に会話が伸びにくくなります。
 その先生方はこのような現象が起きていることに気付いて、やはり自分は厳しすぎたのかなと私に打ち明けてくれました。来学期以降はもう少し厳しすぎないように改めると、そのようなニュアンスで話をしていました。

 一方もう1人の先生はこの日本語科を立ち上げた重鎮で、常に学生と友達の関係を築くべきだという考え方を持った方です。まもなく定年であるにも関わらず学生との関係は恐ろしいほど良いです。見ていて、あのような関係を築けたら確かに会話力も間違いなく伸びるだろうなと感じています。その先生は、私はもっと学生との距離を縮めるべきだと言いました。もし会話能力を高めたければそれが最善だという判断です。

 2.平等とは形式的なもの。
 学生に対して平等かどうかは教育の場で重要なことです。しかしそれはあくまで形式的なものだとアドバイスされました。授業中などでは平等に接するのは当然ですが、授業外で平等に接することは非常に難しい。例えば学生の中には外教と話したがる学生と話したがらない学生がいますので、そういう意味からよく接触する学生と仲が良くなるのは至極当然のこと。この2種類の学生の間で態度や対応が異なるのはやむを得ない。
 私が毎週行っている夜の会話は予約制。これは構造上機会的な平等を与えていると言えますので、あとは学生の意欲次第。

 3.友達のような関係を目指す。
 友達のような関係とは、その先生によると喧嘩ができる程度です。同時に先生でもあるのですが、しかしその割合が少なくとも友達よりも低い状態。友達8:2先生とか、友達9:1先生くらいが理想的だそうです。
 そのためには「そうだね」が多発するような話題で会話していてはだめなので、意識的に意見が衝突するような話題へと持っていったり、あるいは学生に合わせて興味を持っているドラマ、アニメなどを見るように心がける。

 4.中国の学生は友達みたいな関係を好む。
 学生は親しい関係のほうが良いとこぞっていいます。日本ではまず考えられないことです。ですから私もこの親しい関係にはあまり馴染めないですし、日本人外教としてこの関係を築くべきかどうかは疑問ではあります。
 しかしながら他の先生方がどんどんその関係を築いていく中で、私だけ距離を取っているとおかしい。入乡随俗の元、中国の文化に合わせるべきなのは自分なのではないかと思っています。これは平等ではないと言えますが、誰がどの先生と仲良くなるのかは学生の機会にかかっているわけですし、その点に関して中国の学生は不平等を感じているふしはありません。

 
 すっごい長くなりました。
 中国の日本語教師って難しいです。