1年生後期会話

 今日は2年生の授業で授受動詞を勉強しました。授受動詞自体は大体1年生の後半に学んでいますから、2年生にとってはその復習になります。初回の導入は中国人の先生方に”完全に”任せました。かなり難しいとされる部分ですから、初めは母語で学んだ方がきっと良いと思ったからです。導入してもらった後は私の授業で実践練習! 今日も楽しい授業になりましたね。

 あげる/くれる/もらうは複雑な構造で出来ていて、立場によって謙譲語、尊敬語を使い分ける必要があること、くれる/もらうの気持ちの違い、あげる/やるの区別、内/外の関係等々、1コマでは到底話しきれないくらいのボリュームがあります。ですから記事のタイトルは①としました。初めから詰め込み過ぎずに徐々にやって行くつもりです。

 授業前にあらかじめお菓子類を用意しておくことをお勧め! 授受動詞は物の移動がメインですから、その物自体に本当の価値があると学生の食い付きも違ってきます。あげたお菓子は回収せずにあげること。お手伝いで教壇まで来てくれた学生へのお礼にもなりますからね。

 まず、下の内容を黒板に書いておいて、「先生」→「学生A」にチョコを渡す動作をみんなに見せます。
 [   ]は[   ]に[ 物 ]をあげる。
 [   ]は[   ]に[ 物 ]をくれる。
 [   ]は[   ]に[ 物 ]をもらう。

 あげる、くれる、もらうの特徴を各自思い出してもらい、空欄を埋めていきます。ここで言いたいことは、この3つの文型は全て同じ動作を違う3つの視点で説明しているということ。この場合あげるは第三者視点、くれるは自分視点(学生A視点)、もらうは第三者視点です。

 くれるは自分視点ですから、正解は
 [先生]は[私]に[チョコ]をくれる。
 となります。この時
 [先生]は[学生A]に[チョコ]をくれる。
 と言いたくなりますが、これはダメだと確認。

 その後も人を変えて2~3回確認。学生A→学生B、学生C→先生などのパターンも試して、それぞれあげる/くれる/もらうの文を言ってもらいます。大体思い出してもらったかなーというタイミングで本題に。
 「誕生日に何をもらいましたか?(誰か→自分)」
 「誕生日に何をあげましたか?(自分→誰か)」
 この2つの質問を考えてもらってみんな一人ひとりに答えてもらいます。

 このテーマはすごく良いテーマだなあと思います。授受動詞の練習にもなりますし、誕生日はいつ? そのプレゼントはいくら? 誰からもらったの? 彼氏から? とか言う別の内容にまで派生できるからです。話し終わった人も興味津々で聞いてくれますから、案外だらけず最後まで繋げました。

 もらった事があるものの中にブレスレット、指輪がありました。その話題ついでに装飾品の名前、ペンダント、ミサンガ、イヤリング、ネックレスも紹介。

 そして、くれる/もらうの違いについて簡単に説明します。
 ①彼氏は私に指輪をくれた。
 ②私は彼氏に指輪をもらった。
 この例文を黒板に書くと特に女の子は良い反応をしてくれますね。まさしく結婚の時のシチュエーション。この文の意味は完全に同じです。しかし気持ちが違うことがポイント。

 ①「指輪をくれた」はとっても嬉しい感じがする。結婚したい!という気持ちが強い。
 ②「指輪をもらった」は嬉しい感じがあんまりない。もしかしたら結婚したくないかもしれない。

 なぜこのような違いが出るのか。
 ①「くれた」は指輪を要求していないニュアンスが含まれます。突然のサプライズ感が出るため嬉しいのでしょう。一方②「もらった」は指輪が欲しいと彼氏に言ったことがあるかもしれません。だから彼氏は指輪を送ったという当然の成り行きです。

 最後に「とっても嬉しい時はくれるを使ってね!」と締める。いっちょあがり。

1年生後期会話

 一年生に対する使役文の授業です。受身文をやったのは先々週。どちらも動ない形に接続して作るので、どうせなら日が離れないうちにまとめてやっちゃおう!と思いました。ただし、れる・られる/せる・させるが混乱しがちなので、時間をかけずに詰め込みすぎると良くないかもしれませんから注意してください。

 まず私が「母は私に、1週間1度、猫を一緒にお風呂に入らせる」と黒板に書いて、使役文の構造を簡単に説明しました。使役には自動詞・他動詞の構造の問題がありますが、ここではあえて説明しませんでした。詳しい説明をすればするほど食い付きが鈍くなるためです。とりわけ1年生は最低限の情報だけでやったほうが取っ付きやすくなります。

 この流れから「~させる」で例文を作ってもらうんですが、今回選んだテーマは「我が家のルール」。母あるいは父が私に強いているルールを「~させる」を使って考えてもらいます。考える時間を与えて、いつも通りできた人から挙手してもらいました。

・母は私に勉強させます。
・ごはんの時、携帯を遊ばせない。
・夜に一人で遊ばせない。
・父は私に泣かせない。
・全部自分で決めさせる。

 などなど、回答は家庭によって様々で色が出てました。女の子にも関わらず人前で泣いたらダメと教育された学生もいてびっくりです。この授業もすごく盛り上がりました! やはり自分の話をしてもらうと間違いありません。

 【追記】2017.05.31
 1年ぶりの使役の授業で新しくやってみたことです。
 「両親は私に~させる」というテーマから発展して、逆に、もし子供ができたら「子供にさせたいこと」を追加して言ってもらいました。子供に何をさせたい、どう教育したいかという考え方を聞きます。

 ・ピアノを習わせます。
 ・勉強に影響するので、携帯で遊ばせません。
 ・いい目を守らせる。
 ・水泳させる。
 ・自分を守るため、テコンドーを勉強させる。
 ・料理を作らせる
 ・自由な生活をさせる。
 ・自分の手で大切なものを守らせる。
 ・きれいな字を書かせる。
 ・やりたいのはやらせる。
 ・バスケをやらせる。
 ・きれいな絵を描かせる
 ・自立・独立させる
 ・運動させて、いつも家に居させない
 ・期日通りに宿題を完成させる
 ・善良な人にさせる
 ・ダンスを練習させます
 ・多くの本を読ませたい

 いろんな意見がありました。これもまた各々の性格や考え方を色濃く反映した結果となりましたね。これで使役の授業も一つボリュームが増えました。ぜひご参考に。

1年生後期会話

 6月になりましたね! あと1ヵ月で学校は夏休みに入ります。学生たちも私もラストスパートという感じで、授業自体もあと残すところ2回、最後にテストをやって私も帰国です。最後はやっぱり楽しい授業をして終わりたいし、いつもより何やろうかなーって考える時間は多くなってます。学期末ですから、来週再来週はみんなで写真を撮りたいなあなんて思ってます。

 さて、今日の1年生の授業は「~かもしれない」でした。自分でも分からない状態、推測のときに使う文法。日本人は曖昧表現を好むのでよく使うなんて聞きますが、確かに私もよく使う気がします。まずは「今日は天気が悪いので雨が降るかもしれない」という具合に、身近なところで例文を作ってみせます。「かもしれない」は比較的長いので、何度も言わせて練習させるといいですね。また、口語では「かも」「かもね」「かもよ」という具合に短縮して言います。

 100% ~です、~ます
 90% ~でしょう
 70% ~と思います
 50% ~かもしれない

 「かも」の程度はまさに五分五分。つまり、自分でも結果がどうなるか分からないわけです。一方「でしょう」は断定に近いんですが主観が含まれます。従って天気予報では「明日は雨でしょう」といった具合に断定表現を避けつつ、雨ではない可能性も残しながら予想します。この程度の違いは1年生に説明しませんでしたが、%を書くと大体理解してくれたみたいなのでそれで十分です。

 まず私が黒板に例文を書いてみせました。
 「10年後の私は、」と書いたところで手が止まりちょっと考えていたんですが、そこで学生から「日本へ帰るかもしれません」「結婚しているかもしれません」とお手伝いしてもらいました。私がよくやる手法なんですが、黒板に書いてるときに迷ったり悩んだりする態度をすると、すかさず学生は助けてくれます。会話を引き出すポイントになるため、分かっていてもたまにわざとやる事がありますね。
 ここから派生して、皆に作らせた例文は
 10年後の私は、_______かもしれない。
 でした。
 みんなの回答は様々。娘がいるかもしれません。主人と子供と日本へ旅行するかもしれません。兵隊に行くかもしれません等々。10年後の私では飽き足らず、2年後の私は、卒業後の私は、30年後の私はと発展していき、1年生の意欲と構想力にびっくりです。「500年後の世界は滅亡するかもしれない」という内容で教室がどっと沸きましたね!

 今日の授業も楽しかったです。
 1年生は元気で雰囲気も良いので、教案の良し悪しは問題ではありません。何をやっても盛り上がる不思議な学年です。

【追記】2017.05.25
 1年ぶりの「~かもしれない」の授業。ちょっと追加項目がありました。

 10年後の中国(世界)は~~かもしれない。
 ・100年後の中国は人口が増すけど、水が少なくなるかも。
 ・500年後はロボットに占領されるかも。
 ・1000年後は人類が消えるかも。
 ・世界が壊滅するかも。
 ・世界は30年後、人口90億人になるかも。
 ・宇宙人が来るかも。

 未来の世界や中国を想像させるとSF的な内容が多くなりますね。これはどのクラスを相手にしても同じようです。

 もしかしたら、ひょっとしたらと呼応する。
 教科書には書いてなかったんですが、「もしかしたら~かもしれない」という具合に、もしかしたらと呼応するケースもあります。ただしこれは無くてもいい言葉なので、一種の強調の類です。

 鴨(かも)
 かもしれないは、会話では一般的に「かも」と省略されます。その他の派生で「かもね」「かもよ」「かもしんない」などがあります。ここからなぜか「鴨(かも)」の話になりました。北京ダックへと脱線です。