スピーチと弁論

 16回目の授業です。
 今回のテーマは「体罰に賛成?反対?
 ただし、教育における学生の成績を高めるための体罰が焦点です。

 ディベートの授業は1年前以上からありますが、このテーマを採用したのは今回が初めてです。
 そのような意見が出るかも未知数でしたが、討論自体はうまく行きました。

 今回出た意見をまとめます。

 

賛成派の意見

 ・体罰の初志は愛
 ・子供の誤りに対する反省を深めることができる
 ・学生の行動規範の習得に役立つ
 ・体罰の目的は学生を励ますこと。そしてもっと良い状態にすること。
 ・体罰の対象はわんぱくな学生や規律を無視した学生。
 ・学生と教師が付き合う時間は両親よりも長く、つまり教師は体罰の権利を有する。
 ・教師は子の勉強に関する両親と言えるから、体罰の権利を有する。
 ・体罰はその人の未来のために行うこと
 ・適切な体罰は死なない程度。体を傷つけず警告するために行うもの。
 ・6000年の歴史があるから、今さら変えることはできない(?)
 ・教師には自分をコントロールする能力があるから、過度な体罰を行うことはない。
 ・体罰されたときは当然嫌だが、今となってみればよかったと思える。
 ・教師を侮辱する子に対して言葉で警告したが無視された場合、どうするべきだと思うか。
 ・義務教育では勉強の義務がある。時には体罰が必要であり、教師はそれを強制すべきときもある。
 ・体罰は最後の手段として使われる。
 ・体罰をすることになる時点で、その人の状況は最悪。これ以上悪くならないから体罰をする。
 ・言葉では理解できない場合もあり、体罰が必要な時もある。
 ・適度な体罰は子にひどいダメージを与えない。
 ・体罰は管理の一つの手段であり、思想教育の保証
 ・過度な罰は体罰ではなく、虐待である。
 ・窃盗などに対して説教するだけで十分だと言えるのか。
 ・軽度の体罰に悪い結果は伴わない。
 ・犯罪に発展する前に体罰を強めなければならない。
 ・大人が弱気だと子はいばる。
 ・時に言葉は暴力よりもひどい。

 

能力派の意見

 ・子供たちの心理に悪い影響を与える
 ・体罰は教育の手段ではない
 ・正しいことは体罰ではなく直接教えるべき
 ・子の人生は両親の責任、先生は体罰の権利はない。
 ・親切な言葉で諭すと、学生は教師に感心するはず。それによって関係をもっとよりよくできる。
 ・体罰によって子供が自殺するかもしれない。
 ・学生はどのような体罰でも嫌いである。
 ・間違った方法であれば、歴史が深くても改めるべき。
 ・教育とは体ではなく心にするもの。
 ・学生を尊重するために体罰は禁止するべきだ。
 ・今中国の大部分の幼稚園では体罰が行われている現状がある。
 ・教師は体罰をするとき怒っているので冷静ではない。だからケガをさせるかもしれない。
 ・体罰する教師は、能力がないことを自分で証明しているようなものだ。
 ・体罰によってその学生が良くなるか悪くなるかは教師には分からないので、そうであればするべきではない。
 ・良いコミュニケーションを日頃から行い、そもそも関係が悪くならないようにするべきで、体罰を与えるのは既に教育の失敗と言える。
 ・人は徐々に教師の言葉を理解できるようになり、態度も自分で改まっていく可能性もある。
 ・体罰をした後にまたもっと悪いことをするようになるのではないか。
 ・話をするだけではケガはなく、それは最も良い。
 ・過度の体罰は子供の体の発育に影響する。
 ・学生と先生の関係に悪影響を及ぼす。
 ・体罰によって学生は自信を無くすかもしれない。
 ・体罰をすると、子は必ずいい子になるだろうか。
 ・体罰はできるだけしないようにあらかじめ手を打っておくことが必要。
 ・体罰は教育の失敗で、学生の自尊心を傷つける。
 ・ほとんどの人は体罰が好きではない。
 ・体罰によって得られることに良いことはない。

 
 
 物凄い討論となりました。
 自身も体罰された経験がある学生が大半を占めていますので、わりと身近に感じるテーマなんだと思われます。
 日本ではクビになるほどのことですが、実は中国の小中高ではごく一般的に存在するようですね。
 もちろんケガをさせるようなことは少ないとは思われますが、話によると腕を叩かれたり、ずっと立たされたりするそうです。

 この討論ではどちらが良いかという結論は出しませんが、2時間にわたって良いディベートを繰り広げてくれました。
 以上です。

スピーチと弁論

 ディベートの授業です。
 1年前の内容は【第10課】結果とプロセス、どちらが重要?に、今年の内容はここにまとめます。
 テーマは同じなので、教案のところには「②」としてまとめておきます。

結果派の意見

 ・目的を持って何かをするので、つまり結果のために進んでいくものだ。
 ・大学入試では、小中高12年間の努力は見ない。結果だけを見る。
 ・病院に行っても病気が治らなかったとき、治療のプロセスには意味がないのではないか。
 ・目的を達成できないときのプロセスに何の意味が?
 ・ゲームはプロセスと結果どっちが重要? 当然結果ではないのか。
 ・プロセスが大事というのは敗者の言い訳だ。
 ・いい結果を求めるなら、不正を行うべきではない。
 ・中国にはこのような言葉がある。「黒猫も白猫も、ねずみを捕らえられる猫は良い猫だ。」
 ・ダイエットでは結果が求められる。

 

プロセス派の意見

 ・結果が重要だと言うなら、ドラマを1話1話見る必要はないだろう。
 ・人は最後死ぬ。
 ・プロセスがないとそもそも結果は生まれない。
 ・結果のためにどのような手段を使ってもいいとは限らないからこそ、プロセスは重要だ。
 ・例えばこの討論の目的は口語の上達。勝ち負けではない。つまりプロセスは重要。
 ・食べ物、水、どちらを飲み食いしてもお腹いっぱいになるのに、なぜあえて食べ物を食べるのか。
 ・昔の人たちは地球の丸さを知るために様々な証明を行ってきた。それを意味がないと言うか。
 ・昔の人の頑張りがあって今の結果がある。科学的発見、数式などはまさにそう。
 ・つまり今の結果は、未来のプロセスになる。
 ・科学などは過去の成果を踏み台にして発展していくものではないか。つまりプロセスは重要である。
 ・極端な話、大便を食べてもご飯を食べてもお腹いっぱいになれる。なぜご飯を食べる?
 ・山に登る目的は何か。もし良い景色を見るためだと言うなら、わざわざ足で登る必要はない。
  直接ゴンドラなどの方法で行けばいいだろう。しかし人々はそれをしない。
 ・自分でお金を稼ぐのと、銀行強盗してお金を得るのはどちらのほうが意味があると思うか。
 ・自分でお金を稼ぐほうが当然有意義であって、それは要するにプロセスを重視しているということである。
 ・ノーベル賞は取ろうとして取るものではなく、結果的に取ったものである。したがってプロセスが重要。
 ・結果の価値は瞬間的だが、プロセスの価値はその後も継続する。
 ・悪い結果から教訓を得て、その後のミスを防ぐことができる。

 
 
 今回は結果派がかなり押されている印象がありました。
 いろんな場面を武器に戦うプロセス派に対して、歯切れの悪い回答しかできなかったように思います。

 プロセス派からは「例えばこの討論の目的は口語の上達。勝ち負けではない。つまりプロセスは重要。」という発言がありました。
 討論中にこの討論自体に言及して反論するのはすごいなと思いました。俗にいうメタ的ですね。

 
 また、結果派からの質問に「ゲームをするにあたって、結果とプロセスはどちらが重要か」というのがありました。
 今回結果派は全て女性陣、プロセス派は男性陣に綺麗に分かれていました。
 これに対してプロセス派は「絶対にプロセス。ゲームは勝ちが無くても面白いものだ。」と回答。
 ここでも激論が交わされたのですが、最後に男性陣から「君たちはゲームを分かっていない。」と一蹴された結果派の女性陣は困っているように見えました。
 ゲームをするのにも男性と女性で考え方が違うのかなあと感じた討論でしたね。

 以上です。

スピーチと弁論

 ディベートの授業です。
 1年前の内容は【第9課】学歴は必要かに、今年の内容はここにまとめています。
 テーマは同じなので、教案のところには「②」としてまとめておきます。

 「学歴は必要か」というテーマを与えると、賛成側は当然必要で、反対側は必ず「能力」で対抗してきます。これ以外の反対派の意見は今までありませんでした。

 今回出た意見をまとめます。

学歴派の意見

 ・学歴は職場の通行証
 ・今の社会は学歴社会
 ・学歴は明らかで、能力は見えないもの
 ・もし学歴があるなら、知識の蓄積もあると言える
 ・能力は抽象的な概念で、学歴は客観的な現実だ
 ・高学歴はお金を稼ぐための一番の近道

 

能力派の意見

 ・学歴は能力を示す条件の一つ
 ・名門大学にも何もできない人もいる
 ・学歴は人の知識と学力のみを証明するもの
 ・(中国では)学歴はお金で買える。一方能力はお金で買えない。
 ・最後は能力で評価が決まる
 ・能力がなければどのようにして学歴を高められるだろうか
 ・学歴だけを見る面接官は無能ではないか
 ・能力が高い人はどこでも成功できる。会社の中だけではない。

 
 能力派からも鋭い質問がありました。
 「私たちは大学に入って同じクラスになりました。1年生のとき、このクラスの班長を一人選びます。私たちの学歴は同じですが、どうしてあなたが選ばれましたか? それは能力が高いからではないでしょうか?
 これには学歴派についていた班長もたじろいでました。
 これに対する良い反論ができなかったことで形勢を損なった感じがします。

 また、学歴側からの「博士と大卒どちらを選ぶか」という問いに対し、能力派側は「博士は専門職、大卒は一般職に就くので比べる意味がない」と反論。
 このように「このような状態のときどちらを選ぶか」という質問は討論において必ず否定されるので、今後この辺りを意識させる必要がありそうです。

 以上です。